濃紺のカクテルに視線を落としたままアルトスが言った言葉に、ジェイストークは眉根を寄せた。
「傷つけた? 本当に? そんな確かめ方をするなんて、お前、何を考えている?」
「あの瞳の色だ、いきなり斬ってしまうわけにもいかなくてな」
懐かしい人と同じ考えを持っていることに、嫉妬したのかもしれない。同じ色の瞳が羨ましかったのかもしれない。自由に振る舞いながら兵の信頼を受け、生き生きとした姿が憎かったのかもしれない。アルトスは、自分の気持ちがどこにあるにしろ、ロクな感情ではないと思った。
「アルトス、まさか……」
ジェイストークが向けてくる疑いを含んだ視線に、アルトスは冷笑した。
「レイクス様に対して敵対心や反感を持ってはいない。まだその時は、もう少し歳が上だと思っていた。似ていると思ったのも今日になってからだ」
「三度も会って、気付かなかったのか?」
「戦で力の抜けた笑みは見せない」
ジェイストークはなるほどとばかりにポンと手を叩いた。
「見事に引っかかりゃ笑いもするだろうな」
笑いを押し殺しているジェイストークに、アルトスは冷たい視線を向ける。
「ご本人と分かれば全力でお守りする。もともと私はそのための人間だ」
アルトスは、手にしたグラスの中身を一息に飲み干し、立ち上がった。いつの間にか手にしていた金色の硬貨が、親指にはじかれて空になったグラスの底を叩き、高い音を立てる。
「私はマクラーンに戻る。陛下にはハッキリするまでお伝えしない方がいいだろう」
「そうだな。俺はハッキリさせて戻る。本人にどうにかして接触してみるつもりだ」
ジェイストークの言葉に手を挙げるだけの挨拶をして、アルトスは二階への階段を上った。
部屋へ入り、アルトスは木の板でできた窓を開け放った。月の小さな夜空に、たくさんの星が輝きを放っている。窓枠に腰掛け、その星々を仰ぎ見た。
なんという巡り合わせなのだろうか。あの方が命を落とした場所が、この村だったとは。あの方が大切そうに抱いていた赤ん坊が、まさかメナウルの騎士になっていようとは。身命の騎士などと呼ばれる人間に成長していようとは。
(戦なんて馬鹿げてると思わないか?)
その声を思い出し、思わず冷笑を浮かべる。彼の目には、兵も庶民もみな、あの星々のように生き生きと輝いて見えているのだろうか。
身命の騎士と呼ばれるほどの人間ならば、間違いなくライザナルに入り、戦をやめさせようと陛下の御前にひざまずくことになるだろう。それから何をする? 彼がどれだけの信念を持っているか見せてもらおう。だが、陛下を傷つけることだけは許さない。彼があの方の息子だとしてもだ。
(この子をお願いね)
不意に子供の頃に聞いた声が脳裏をよぎり、アルトスは目を閉じた。不思議なほど緩やかな夜風が、アルトスの身体を撫でて通り過ぎていった。
☆おしまい☆