アルテーリアの星彩 4


 カシャカシャと、シェーカーの内側に氷が当たる音が、アルトスの耳に軽快に響いてくる。しかし、今はその目に何も映っていなかった。いつの間にか、ついさっきの出来事と十七年前を、反復するようにたどっていることにアルトスは気付く。ジェイストークはアルトスの反応を見ながら、言葉を口にした。
「母親の名前はエレン。綺麗な濃紺の瞳をしていたと聞いた。しかも、ここで起こった事件の時、毒を飲んでも死ななかったそうだ。その時に、……、斬られて亡くなったらしい」
 アルトスは空のグラスに視線を合わせたまま息を飲んだ。生きていると期待をしてはいなかったはずだった。だが、ドナの毒殺事件は十二年前になる。そんなに前に亡くなっていたのか。いや、ライザナルを離れて五年も生きていたことに驚いたのか。自分の思いがどこにあるのか掴めず、アルトスは眉を寄せた。
「墓はどこにある?」
「それはまだ分からん。見つかればマクヴァル殿に正式な埋葬をしていただくようになるだろうな」
 ジェイストークの言葉で、アルトスは触れることのできない空虚な空間に焦燥する。
「当たり前だ。シェイド神に望まれて生まれた方に託さず、他にどうするというのだ」
 届かなかった手の向こうに、アルトスは二度と見ることのできない優しい濃紺の瞳が微笑むのを見たような気がした。
 マスターがシェーカーのトップを外し、中の液体がグラスに注ぎ込まれていく。揺れる濃紺の液体に、アルトスは目を奪われた。
「これは……?」
 アルトスに問われ、不安げにジェイストークとを見やったマスターは、微笑を向けられておずおずと口を開く。
「身命の騎士というカクテルでございます。ラジェス近辺が発祥でして、庶民の間で密かに流行っているそうです」
「ライザナルでか?」
 アルトスが思わず向けた疑問に、マスターは背中を丸めた。
「は、はい。そうでございます」
(戦なんて馬鹿げてると思わないか?)
 アルトスの胸の中で、耳に残る声と、前に間近で見た濃紺の瞳が重なった。懐かしい色を満たしたグラスに手を伸ばし、アルトスは舐めるように口にする。
「甘いけど、結構キツイだろ。こんなモノを見つけたから、調べて見る気になったんだが。戦のやり方や、メナウルに迷い込んだ子供を、わざわざラジェスに送り届けたりなんてことが発端になって、身命の騎士なんて名のカクテルができたらしい。国の騎士ではなく、人のために戦う騎士のイメージなんだそうだ」
「それでこの甘さか」
 アルトスのつぶやきに、ジェイストークは肩をすくめた。
「また身も蓋もない言い方を。まぁ、騎士としては、お前とは正反対かもな。剣の腕も悪くないそうだし、もし彼がレイクス様なら、逃げられでもしないようにアルトスが警護に就くことになるだろうよ」
 アルトスは表情を変えず、その視線は相変わらずグラスに注がれている。その心情を読み取ることができず、ジェイストークは言葉をつないだ。
「サーペントエッグを持っているか、毒を盛って効かなければ、彼がレイクス様かどうか、守護者の一族の一員か分かるんだがな。だがまさかレイクス様かもしれない方に、毒を盛るわけにはいかないし」
 ジェイストークの苦笑に、アルトスはフッと笑みをこぼす。
「前に会った時に毒を塗った剣で傷つけた。種族の者でなければ死んでいる。実証済みだ。傷の治りは遅かっただろうが」

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