レイシャルメモリー後刻
第6話 変化、ということ 1
水路建設の責任を負っているため、俺は現在ヴァレスに滞在している。隣国ライザナルのなかで、メナウルに隣接しているルジェナ・ラジェス領の領主と、両国を行き来しながら事を進めているのだ。隣国の領主といってもフォースなので、気持ち的には非常に楽だったりする。
今回もフォースはリディアさんを連れてヴァレスに来ていた。できれば腹の大きいうちにアリシアに会いたいという、リディアさんの希望を叶えるためもあるらしい。
話し合いに使うのは神殿だ。ヴァレスにはフォースが昔住んでいた家もあるのだが、住み慣れた神殿の方が落ち着くと聞いた。彼らを出迎える人々も、ライザナルの次期皇帝という地位にもかかわらず、前と変わりなく接している。
俺も変わらず過ごしている。と思うのだが。グレイには怪しくなったと言われ、フォースには明るくなったと言われた。何かが違うとしたら、……、そう、その違いが成長なら嬉しいのだけれど。
***
フォースは数枚の書類を重ね、机にトントンとぶつけて揃える。
「こっちではライザナルとやることについて、何か問題は出てないか?」
「今のところ報告は受けてないよ。むしろ水の取引に関しての話題が大きい。なにかあったのか?」
「いや。報告を受けていないだけで、まだどこかにあると思っておいた方がいい」
相変わらず四方から固めようとする奴だ。その方が確実ではあるのだろうけれど、その辺りは下の者に任せた方がいいような気がする。最初は無視できないのも分かるけれども、全部をそこまでやっていたら、いつか無理が来る。
「まぁ、そうだ。だが水路の建設も順調に進んでいる。このまま完成まで突っ切れば、細かな問題は立ち消えになるだろう」
その言葉でフォースが浮かべた苦笑に、自分でも脳天気な考え方だとは思う。でも、流れはこっちに向いている。土地が潤えば、活気も増すだろう。ここで負けてはいられない。
ああ、と何か思いついたようにフォースが顔を上げる。
「水路のために掘った土は、ちゃんと利用してるか?」
「言われた通り、焼いて畑になる土地に混ぜてる。土が格段によくなってるって農民が言ってた」
川底の土を焼いて畑の土に混ぜるというのは、ペスターデという植物を研究している人に聞いたやり方だそうだ。サッサとそういう人を見つけてくる辺り抜かりがない。でも、メナウルでも色々な準備は進めている。
「多少水の要る作物の準備もしてるよ。気候が変わったら、どうなるか分からないんだけど」
「ああ、準備はライザナルでもやってる。気候に合う作物を作るより、両方から持ち込んで合う作物を育てた方が、手っ取り早いからな」
「それはいい。助かるよ」
「お互い様だ」
嬉しそうに微笑んだフォースに、こっちからも笑みを向けた。
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