レイシャルメモリー後刻
第14話 その瞳に映る世界を 1


「若いよな」
 馬車の窓から、大きく身体を乗り出して手を振っているシェダを見て、隣に立っているフォースがつぶやいた。リディアはフォースの腕を取ったまま、ため息混じりの小さな笑い声を立てる。
「落ちたらどうするのよね」
 馬車は見る間に小さくなっていき、城門の向こう側に消えた。
 子供が産まれる時に側にいたいというシェダの主張は、リディアにも理解はできる。でも、本当に仕事をしているのかと不思議なほど、シェダは頻繁に顔を見せていた。たまに届くグレイからの便りには、特に仕事に支障が出ているような記述はない。そうなると断ることもできず、後は任せておくしかできなかった。
「お仕事に戻りましょう」
 リディアはフォースを見上げて笑みを交わし、城へと向かう。フォースが足元に気を配ってくれているのが分かるので、急がずにできる限り慎重に歩く。下を向いても足元が見えないほど、自分のお腹がはち切れんばかりに大きくなっている。
 黙って立っているだけでも大変なのだが、歩いた方がいいと言うタスリルの言葉を信じ、リディアはできるだけ庭に出るようにしていた。シェダの見送りも、人の手を借りずに歩いている。といっても、フォースはいつでもどこにいても、隣に立って身体を支えてくれているのだが。
「明日はフォースのお父様が、ご到着なさるのよね?」
「……、そうだった」
 シェダへの対応にいっぱいいっぱいになっていたのか、フォースはクロフォードが来ることをすっかり忘れていたようだった。クロフォードは、子供が生まれるまで滞在するらしく、周りはすでにその準備に入っている。庭に花が増えているのも、そのせいに違いない。
「リディアはいつも通りでいい。無理はするなよ?」
「ありがとう」
 いつも通りと言っても、近いうちに陣痛が始まるだろうとタスリルが言っていた。いつも通りどころか、相手をすることもできず、自分のことだけになってしまいそうだ。
「一度休むか?」
 フォースにそう聞かれ、リディアは首を横に振った。
「執務室に行くわ」
 その答えに、フォースがリディアの顔をのぞき込んだ。リディアは苦笑を浮かべ、フォースの耳元に口を寄せる。
「いつもと少し違う気がするのよ」
「えっ?!」

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