レイシャルメモリー後刻
第14話 その瞳に映る世界を 2


 小声で囁いた言葉に驚いた声を出してしまってから、フォースはいつも通りの表情を取り繕っている。周りに不安を見せてはいけない立場だ。
「抱いて行こうか?」
 二人でいる時なら気にならないが、今は見送りで人がそれなりにいたりする。いつもと違うことを周りには知られたくないし、いつもと同じ状態なのに抱かれているのも恥ずかしい。
「そんなに心配しないで。お産が始まってからも歩いていて大丈夫だって、タスリルさんが言っていたでしょう?」
「そりゃそうだけど……。と、とにかく行こう。診てもらわないと」
 領主代理の上、フォースの教育係でもあり薬師でもあるタスリルは、執務室の奥にある特別な部屋で暮らしている。タスリルに会うには執務室に戻ればいい。周りを騒がせることなくいられることに、リディアはいくらか安堵した。
 二人で執務室に入ると、後から付いてきていたイージスが頭を下げ、部屋の外側からドアを閉めた。その音にフォースと視線を合わせてから、リディアは奥にあるドアをノックする。呼びかける前にタスリルがドアを開け、リディアに手招きをした。
「戻ったんだね。おいで。診てあげよう」
「お願いします」
 リディアはそう答えると、フォースに微笑んで見せてからタスリルの部屋へと入った。
「レイクスはそこで待っておいで」
 タスリルがフォースに意味ありげな笑みを向けてからドアを閉めた。ドアが閉まる直前に見えたフォースの心配そうな顔が、まぶたに残っている。
「ここにお座り。早く返さないと、レイクスが心配のしすぎで煮えてしまう」
 タスリルに指し示された椅子に、リディアは身体を預けた。タスリルがリディアのお腹に手のひらを当てて目を閉じる。その唇からブツブツと言葉の詠唱が漏れてきた。リディアにとって知らない言語だったが、手の温かさと同じように耳に優しく響いてくる。
「すぐにでも始まりそうだ」
 タスリルはリディアに笑いかけると、また目を閉じた。静かな時間が流れる。お腹の赤ん坊も不思議と動かない。あまりの心地よさに眠りかけたその時、お腹に痛みが走った。
「ああ……っ、んん」
 痛みを押し込めようと、リディアは眉を寄せて息をこらえる。
「来たんだね。すぐに収まるよ」
 痛みのことを言ったのだと理解して、リディアはなんとかうなずいた。タスリルの手は、相変わらずお腹の上にある。
「息を全部吐いてごらん。その方が痛みをやり過ごせるし、声を出すより疲れない」

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