レイシャルメモリー後刻
第14話 その瞳に映る世界を 3


 タスリルがそう言ううちに、不思議なくらい痛みがひいた。元の身体とどこも違わないように感じる。リディアは思わず、ふぅ、と息をついた。タスリルが苦笑を向けてくる。
「もっと痛みが増すし、間隔が狭まって時間が長くなる。覚悟しておくんだよ」
 はい、と返事をしながら、リディアは不安な思いを抱いていた。痛みが思っていたよりも強かったのだ。
 お産に関する呪術は神の領域だからと、作ること自体が禁じられていたので、一つも無いらしい。それでもこうして、いくらかでも診てもらえることは、安堵に繋がっていた。タスリルの手がお腹から離れる。
「待っておいで。準備をしてもらうからね」
 そう言うと、タスリルは立ち上がり、ドアを開けた。
「うわっ?!」
 すぐ側にいたらしいフォースの、驚いた声が聞こえた。
「何してるんだい」
 タスリルに冷静に突っ込まれ、フォースは慌てている。
「な、何って。リディアの声が聞こえたから気になって……」
 ふうん、と息を漏らすと、タスリルは眉を上げ、心配げなフォースと顔を突き合わせた。
「準備を頼むと、イージスに伝えておくれ」
「え?」
「ほら早く。お産が始まったんだよ」
 はい、と大きな声がして、フォースの足音が離れていく。それを聞いてリディアは、フォースに側にいて欲しかったのだと気付いた。
「仕事を進めてはいたようだが。あの様子じゃ、すぐに戻ってくるだろうね」
 タスリルは、リディアの思いを察しているかのようにそう言った。だが、ライザナルの王族が出産する時は、男性が部屋にいてはいけないらしい。
 でも、それでいいのかもしれないとリディアは思った。もし側にいたとしたら、フォースはもっと心配してしまうだろうし、自分もフォースに甘えてしまう。
 同室にいることが禁止されているのは、出産の痛みの中でなりふり構わなくなった姿を、夫に見せてはいけないかららしい。それで子供を望まなくなった皇帝がいたとのことだ。バカバカしいとは思うが、その時産まれたのが女の子だったせいもあり、当時は結構大きな騒動になったのだそうだ。
 タスリルが一度側まで来て肩にポンと触れ、細々と呪術の道具が置いてある机の方へと足を進める。
「静かだね。エレンのお産の時は、先に妊娠が分かったリオーネよりも早かったせいで、それはもう大騒ぎだったんだよ」

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