レイシャルメモリー後刻
第11話 煮ても焼いても鴨の雛 1


 黒く腐ったような怪物がいなくなり、ライザナルにも平穏が戻ってきた。いや、戻るどころか戦まで終わっている。諜報部を首になって以来、傭兵もどきをやっていたウィンの仕事は、完全になくなってしまった。
 だが、数枚の着替えと短剣しか入っていない荷物の真ん中に、非常に高価な宝を一つだけ大切にしまってある。怪物を倒した時にえられる目玉、それが希少価値の高い宝飾品として取引されているのだ。
 ウィンの手元には、思ったような値を提示されなかった一番大きな目玉が残っていた。ウィン自身が倒した怪物のではなく、フォースが倒したモノだ。そのフォースとは、いつか絶対、センガとダールの敵を取ると言い残したまま分かれている。
 センガはバルコニーから巫女を抱えて飛び降り、結局殺し損ねてセンガだけが死んだ。それは百歩譲ってセンガ自身の落ち度だったとも言える。だが、ゴートの古屋敷でダールを殺したのは間違いなくフォースなのだ。それはフォースも認めている。
 怪物から自分を救い出したくらいでは、帳消しにできる恨みではない。ライザナルの皇太子だと分かった今も、その思いは残っている。恨みを果たすためには、ルジェナ城に攻め入ることができる私設の軍隊を組織する必要があるのだ。
 目玉はその資金源だ。怪物そのものが現れなくなったため、さらに価値が上がるかと思い取っておいたのだ。だが、目玉であることも知れ渡ってしまい、欲しがるのは一部の物好きな人間だけになっている。取り引きをする相手が減ってしまったため、探し出すのも容易ではない。ウィンはなんとか少しでも高く売ろうと、東奔西走していた。
 ウィンはルジェナ・ラジェス領に一箇所だけ残っている、その目玉を渡すかわりに退治料という名で国から報酬をもらえる交換所へと向かった。もともとの怪物がいなくなったのだから、そろそろ閉めてしまうだろう。それどころか、すでに無くなっていてもおかしくないとウィンは思う。だが、値段だけでも聞いておいて損はないし、欲しがっている人の情報が手に入る可能性もある。
 はたして、その交換所は残っていた。扉を押すと、内側に付いていたのだろうベルがカランと軽い音を立てる。中に入ってみると、カウンターの向こう側にドアがあるが、どこにも人影はなくガランとしていた。少し埃っぽいような気もする。もしかして看板だけで、すでに終わっているのかもしれないとの思いが頭をよぎった。

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