レイシャルメモリー後刻
第9話 気力能力適材適所 10


 確か前にもこんなことがあった。気付いているのかいないのか、極上の微笑みで突き放すのはリディアの特技なのかもしれない。自分がそんな目に遭うのはご免だが。
「タスリル様にリディア様のご無事を報告いたします。それでは失礼いたします」
 イージスは敬礼を残してドアを閉めた。リディアの名を呼んでいるオルニの耳障りな声が遠ざかり、寝室が完全に二人だけの空間になる。
「本当に無事でよかった。本気でリディアを連れ去るつもりだったらしいし」
「そうなの? 罪人って、そういうことだったのね」
 それを聞いて、リディアに少しも説明していなかったことに思い当たった。
「だけど、具合がよくてもフォースとでなくちゃ外に出たりしないから大丈夫よ」
「嬉しいよ。安心できる」
 リディアの微笑んだ唇と唇を軽く合わせる。
「けど、その具合が悪いのは一体どうしたんだろうな。風邪にしては全然俺にうつらないし、いやに眠そうだし。タスリルさんには診てもらったのか?」
 そう言うと、リディアはフフッと笑い声を立てた。
「適所に移動させられない適材じゃなきゃ困っちゃう家臣がいるみたいなのよ」
「え?」
「ここに」
 そう言った手は、リディアのおなかに触れている。
「……、ええっ?!」
 思わず立ち上がって叫んだ声がかすれた。正面から向き合うと、リディアが自分でおなかを撫でている手が、酷く緩やかに優しく感じる。
「子供ができたのか?!」
 立ったまま顔を寄せて聞いたその問いに、リディアは満面の笑みを浮かべた。やはりそうなのだ。喜びとか期待とか不安とか、色々な気持ちが一気に押し寄せてくる。
「と、とにかく大事にしないとな」
 混乱したまま、だがそう口にしただけで、笑い出したいのをこらえなくてはならないほど自分が喜んでいることに気付いた。なんだか変な顔をしていそうでリディアに背を向け、悟られないように陰で拳を握り、力を込める。
「あぁくそ、オルニ呼んできて教えてやりたい!」
 リディアが俺のモノだと示す事実で、これ以上のモノはない。どれだけ悔しがるだろうと考えると笑いが止まらなくなる。
「フォース。そんな追い打ちかけなくても」
 もう一度リディアと向き合い、苦笑した頬にキスをして、すぐ横に座った。
「触ってもいいか?」
「ええ。でも、ここにいるだけで、まだ何も変わりないのよ?」
「いいから」
 手をリディアのおなかに添える。その手の上からリディアの手が重なった。感触は何も変わっていないのかもしれない。でも、そこにあるだろう存在は、痛いほど嬉しかった。

☆おしまい☆

※とうこ様のリクエストで書かせていただきました。ありがとうございました。m(_ _)m

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