レイシャルメモリー後刻
第4話 目が離せない 1


 皇位継承権一位という思いも寄らなかった状況で、リディアは俺の妻になった。堅苦しい儀式や行事にも文句を言わず、ただ側で笑顔を見せてくれる。そうじゃなかったら、この生活がどれだけつまらないモノになっていただろう。
 昼の間はほとんど執務室にいる。リディアとずっと二人でいられるはずだったが、俺の教育係と領主としての補助役と相談役まで兼任しているタスリルさんが一緒にいる。だが、リディアにとっては、これでよかったのかもしれない。
 しなくてはならないことが山のようにあるのだ。この執務室での仕事中はゆっくり話をする暇もない。リディアはタスリルさんと話をしたり、何か怪しげな物を作るのを手伝ったりして、退屈することなく過ごせているようだ。
 今も色々な資料を読まされている。集中できていると思っていたが、二人のひそひそ話が耳に付いた。
「気をつけるんだよ」
「でも、敵意のある人はいないのですよね?」
 いや、普通の声なら気にならないが、聞こえないように気をつけている抑えた声だと思うから、なおさら気になるのだが。
「術で防いでいるからね。だけど敵意じゃないから、やっかいなんだ」
 チラッとだけリディアに目をやると、リディアが不思議そうな顔をタスリルさんに向けているのが目に入った。
「横恋慕は基本的に好意だからね」
 しわがれた声に思わず吹いた。タスリルさんの冷笑がこっちを向く。
「おや、聞いてたね?」
「わざわざ気になるように言うからじゃないか」
 反論すると、タスリルさんはヒヒヒと声を立てて笑った。そんなことよりも。リディアに気をつけろと言ったのは、そういう奴がいるってことか。気になる。非常に気になる。だがリディアは、タスリルさんと一緒に控えめに笑った。
「大丈夫です」
 いやに簡単に返したリディアの言葉が、気持ちのどこかに引っかかる。いくら敵意がないからといって、実力行使に出られたら危険だ。
「大丈夫って。気をつけないと」
「大丈夫じゃないって言うの?」
「何が起こるか分からないだろ」
 そう返した言葉で、リディアの顔が悲しげに歪んだ。
「わかりました。気をつけます」
 頭を下げると部屋を横切り、リディアはサッサと部屋を出て行く。
「おい、ちょっと待っ」
 立ち上がろうとして頭がゴンと強く何かにぶつかった。頭を抱えてもう一度椅子に逆戻りする。見ると、大鍋を抱えたタスリルさんが後ろを通っていた。
「ああ、悪いね。大鍋運んでたもんでね」
 ヒヒヒと笑い、タスリルさんは奥の部屋に大鍋を運び込んでいく。
「わざとだろっ。今読んだ中身、全部忘れちまったじゃないか」
 その声にタスリルさんが振り返り、もう一度立ち上がろうとした俺をビシッと指さした。
「覚えてからお行き。その頃には頭も冷える」
 タスリルさんはそう言い残してドアを閉めた。

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