レイシャルメモリー後刻
第4話 目が離せない 2


   ***

 タスリルさんは、頭を冷やすのは俺の方だと思っているらしい。覚えろと言われても、気持ちの苛立ちと、リディアの悲しげな顔がちらつくことで、何も頭に入らない。資料を半端にして廊下に出た。ペスターデの研究準備でいないジェイストークの代わりに、兵士が一人立っている。
「リディアは?」
「前庭に行かれたようです」
「イージスも一緒か?」
「はい」
 イージスが一緒と聞いて、少しホッとする。リディアの様子があきらかに変と感じたと思うのだが、兵士はそれ以上何も言ってこない。今聞かれたら、イライラが増してしまうだろう、聞かれなくてよかったと思う。
 だが、イライラが増そうが、知らない振りはできない。気をつけないと危ないのはリディアなのだ。そんなことも分からずに行動するのなら、いっそどこかに閉じこめてしまいたい。
「どこへ行かれるんです?」
「え? あ、前庭に」
 兵士が発した不意の問いにそう答えてしまってから、俺は後悔した。前庭にはリディアがいるのだ。側に行ってしまえば罵倒するかもしれないし、捕まえて連れ戻したくなるだろう。
「どうしました?」
 歩き出さない俺に、兵士が声をかけてきた。
「俺の警護はいい」
 そう短く返して歩き出す。それこそ敵意のある人間はいないのだから、特に護衛されなくても危険はない。振り返らずとも兵士の足音がついてこないのが分かる。
 庭へ続くドアから見ると、真ん中あたりに四人いるのが目に入った。リディアとイージス、ソーンがいて、もう一人はソーンの知り合いらしい。ソーンが手招きして呼び寄せているその男の子は、短く切りそろえた髪が跳ねる勢いで、ソーンの方へと駆け寄った。一瞬悩んだが、結局そっちの方へと歩を進める。
「ノルドっていいます。十四歳?」
 ソーンがリディアにそう紹介する声が聞こえてきた。ノルドはウンウンとうなずいている。
「ペスターデさんに指示を受けて、花の世話をしているんです」
「よろしくお願いしまぁすっ」
 無駄に元気な声を立てたそいつは、いきなりリディアの手を取り、振り回すような勢いで握手した。
「あ、レイクス様!」
 ソーンの声にノルドという奴の目がこっちを向き、リディアも振り向く。いくらかリディアの表情に硬さが増した。
 ノルドは腕を身体の脇にきちっと添えると、全身が硬直しているかのように動かなくなる。リディアと俺に対する態度が、ひどく違うことにまた苛立つ。
 俺はそのまま歩を進めると、無言のままリディアの手を取って引いた。リディアはほんの少し抵抗しただけで、黙ったまま付いてくる。イージスはリディアと少し距離を取って、しっかりと護衛している。

3へ


前ページ シリーズ目次 TOP