レイシャルメモリー後刻
第3話 追い風 1


 フォースとリディア、レクタードとスティアは、城の門まで来てメナウルの面々を見送っていた。その姿はまぶたに、まだ鮮明に焼き付いている。
 マクラーンの街を出ると馬車は速度を増し、ただひたすらヴァレスを目指して進んでいる。進行方向を向いた席にはメナウルの皇帝ディエントが腰を落ち着け、ルーフィスはその斜め向かいに座っていた。
 金糸や石を縫いつけた派手な服を着せられたフォースに違和感がなかったのは、隣にリディアがいたからだろう。お揃いの装飾がある服で寄り添うリディアを見下ろす体制が、それなりに落ち着いて見えただけだ。
 体格も筋肉が落ちていることもない。様々な勉強をさせられていると言っていたが、身体もそれなりに動かされているのだろう。自分の身を守るためには、それが一番いい。
 中身もまったく変わっていない。相変わらず父さんと呼ぶし、態度も王族と呼べるものとは違う。それがルーフィスには嬉しくもあり、心配でもあった。
 心配はいつものことだ。だが、これからは気楽に救いの手を差し出すわけにはいかない。いや、これまでの救いの手など、あってもなくても同じだったかもしれないとも思う。
 悟られないようにと小さくついたため息を聞かれてしまったのか、ディエントが顔を合わせてきた。
「ライザナルの皇帝があれほど穏和な方だったとはな。先入観とは恐ろしいものだ」
「はい。想像もつきませんでした」
 ルーフィスの言葉に一度うなずくと、ディエントは笑みを浮かべる。
「君とのやりとりで思ったのだが、悪い父親でもなさそうだったな」
「ええ。もしフォースを自分の物として扱うようなら、父としては認められないと思っていたのですが」
「サーディから過去の話は伝え聞いていたが。エレンさんのことも、記録に残る簡潔な言葉ほど、悪い状況ではなかったのかもしれない」
 ディエントの言葉に、ルーフィスは苦笑を漏らした。
「だといいです」
 エレンのことは、クロフォードに聞いたところで話してもらえはしないだろう。その事実は底のない落とし穴のように口を開けている。踏み出してはいけないのだ。だが、それでいいのだろう。聞いたところで何もならないことも分かっている。
「それにしても、君もフォースを嫁に出したようなものだな」
「嫁、ですか?」
 ルーフィスはのどの奥で笑った。だが、そうかもしれないとも思う。
「確かに、ずっと側であれを見ていられると思っていましたが、そうはなりませんでした」
 ルーフィスに向かってディエントはうなずいてみせると、いくぶん眉を寄せてから再び視線を合わせる。
「君には申し訳ないが、フォースに皇帝を継げと勧めたのは私なんだ」
「陛下が? いえ、申し訳ないなどとは。中途半端な存在でいては逆に危険でしょうし、むしろそうしていただけて、ありがたいです」
「だが、メナウルとしての処遇をどうしたらいいか。フォースは二位の騎士のままだ。さすがに皇帝を継いでしまえばそのままというわけにはいかないだろうが、しばらくはこのままでも良さそうな気がしてな」
 フォースの精神も騎士のままなのだろう。バルコニー下の人々の呼びかけすら、身命の騎士というモノだった。それでも、実際の身分を無視するわけにはいかない。

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