レイシャルメモリー後刻
第3話 追い風 2


「そのままでは、いつでも帰ってこいと娘に言っているようなものです」
 確かに、と、ディエントが笑う。ルーフィスは苦笑した。
「しかし、戻られたらその時点で戦になりかねません」
「君ならそう言うと思ったよ」
 ディエントの笑みに、わずかに寂しげな陰りが見える。
「除籍か。だが身分や立場は関係なく、平和を願う気持ちだけは、変わらず持ち続けて欲しいものだな」
「それは大丈夫でしょう。リディアさんが側にいてくれさえすれば」
 ルーフィスの言葉に、ディエントが懐かしげに目を細めた。
「最初に一緒にいるのを見たのは、婚姻二十周年式典の時だったか。あれから本当にいろいろあった。二人が幸せになってくれてよかった」
 その言葉にルーフィスは、たぶん一番最初に二人が出会っただろう事件を思い出していた。フォースは、リディアを助けて一緒に逃げたと言っていた。
 実際目にしたのは、その事件の後、フォースをシェダの邸宅に無理矢理連れて行った時のことだ。行きたくないと言い張っていたが、リディアに嬉しそうな笑顔で迎えられると、逆らうこともできずにぎこちない笑みを浮かべて接待を受けていた。
 結局。フォースはそれからずっとリディアを守り続けている。自分がエレンを守りきれなかった分、このままずっと守り通して欲しいと思う。
「あれは私よりも幸せだと思っているようです。子供の幸せほど幸せに感じられることなど、なかなか無いというのに」
 ルーフィスの言葉にうなずくと、ディエントは苦笑した。
「フォースが言ったのは、そういう意味だけではないと思うが」
「ええ、理解しています。ですが、それも淀みがないのです。これでエレンに対しても心残りは無くなりましたから。今はただ何もかも懐かしく思います」
「そうか」
 今は最初の一歩から始められる状況だ。解放された、というよりは、解放されてしまったと言った方が当たっているのかもしれないが。
「エレンにもフォースにも、してやれることは、もう何もないのだと」
 そう言った口から漏れたのは、ため息だった。ディエントはゆっくりと首を横に振る。
「いや、まだ一つだけ残っているよ」
「は?」
「存在し続けることだ」
 ディエントの言葉にハッとする。確かに、直接してやれることはなくても、この存在はフォースの世界の一部なのだ。これから踏み出す一歩も、フォースには視界の中の出来事かもしれない。ならば、フォースのために、毅然とした一歩を踏み出さねばならない。
 指針になれるなど、出過ぎた考えかもしれない。馬鹿げた見栄かもしれない。だが、精一杯のことをやっていかねば、自分も親だなどとは名乗れない。
「スティアのためにも、私は両国の友好に力を尽くさねばならない。これからも君の力を貸して欲しい」
 ディエントの言葉に、ルーフィスはしっかりと頭を下げた。

☆おしまい☆

※Sさまのリクエストで書かせていただきました。ありがとうございました。m(_ _)m

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