レイシャルメモリー後刻
第8話 その温かな手の中で 4


「あたしゃまだ若いんだ。子供にそんな呼び方をさせたら、ただじゃ置かないからね」
 母が立ち上がると、声が大きかったのもあるだろう、赤ちゃんが泣き出した。子供がごねている声と比べるとまだ弱々しいけれど、それなりにしっかりした泣き声なのが嬉しい。様子を見なくてはと、私は上体を起こした。
 母は自分で一度口を押さえてから、赤ん坊を抱き上げた。軽く揺すりながらこっちへやってくる。
「よしよし、いい子だね、ほぅら、お婆ちゃんでちゅよ」
 ブッと彼が吹き出した。母がムッとした顔を向ける。
「なんだい」
「今、自分でお婆ちゃんって」
「仕方がないだろう? この子にはお婆ちゃんなんだから。でもそう呼べるのはこの子だけだ、お前たちがそう呼ぶのは許さないからね」
 そう言いながら、母は彼に赤ちゃんを手渡し、サッサとソファに戻っていく。お婆ちゃんと呼ばせるなと言っておいて、泣き声を聞いただけでころっと変わっている。おかしいとは思うけれど、赤ちゃんにはそれだけの魅力があるのだから、当然だとも思う。
「あたしゃ、その子が笑っている時にしか相手しないからね。泣いてる時は、自分らでなんとかしなさいよ」
 母は何事もなかったかのようにソファに寝転がると、大きくため息をついて薄い寝具を自分で掛けた。
 赤ちゃんを彼から受け取り、おしりが濡れていないか確かめた。彼に運んできてもらった産着を出してもらって着替えさせる。
「なぁ。俺に渡してくれた」
「何を? あ……」
 彼に言われて初めて、母が赤ちゃんを彼に渡したことを思い出す。彼が私の耳元に口を寄せる。
「ちょっとは認めてもらえた、ってことだよな」
「そうね」
 彼が出産に関する手回しをいろいろしてくれたことで、たぶん母も安心していられたのだろう。これだけの安心をくれる人なんて、きっと他にいない。認めないわけにはいかなかったのだと思う。
「きっと近いうちに懐柔できるわ」
 着替えさせた赤ちゃんを抱き上げると、彼は赤ちゃんの顔をのぞき込んだ。
「だといいけどな。まぁ、お義母さんはこの子さえ可愛がってくれれば問題ない」
 その言葉に思わず苦笑する。
「そのためにも、この子がいつでも笑っていられるようにしなきゃね」
「そうだな。それにはまずお前だ」
「そうね。頑張らなくちゃ」
 赤ちゃんにおっぱいを含ませながら顔を上げた先で、彼が、違う、と首を横に振る。
「そうじゃなくて。まずは、お前に幸せだと思ってもらわないと」
 思ってもみなかった言葉に涙が出そうになり、鼻の奥がつんとした。あふれ出てきそうな涙をこらえ、クスクスと笑ってみせる。
「俺、それはもう全力で頑張るよ」
 私の頬をゴシゴシと撫でてから握りしめた彼の手は、とても温かくて力強かった。

☆おしまい☆

※鈴子さまのリクエストで書かせていただきました。ご要望を受けたので、予定になかった騒動を作ってみました。(笑) ありがとうございました。m(_ _)m

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