レイシャルメモリー後刻
第8話 その温かな手の中で 3
まるで身体の中から聞こえるような声が響く。
「はい、知ってますが」
「私用ですまんが、ひとっ走り行って、産まれそうなのを一人運び込むって伝えてくれないか?」
「了解っ」
その答えが聞こえてすぐ、書けだした足音が遠ざかっていく。
「あと、お前。聞き取り調査頼むな」
「まかしといてください」
とても明るい声の返事がする。おう、と返して、彼は歩き出した。
「私も行くよ」
嫌を含んだ母の声に、お願いします、と言った彼の横に、一人の兵士が並んだ。
「俺、付いていきます」
「お。まわりを気遣ってくれると有り難い」
「疲れたら代われますし」
「それはいらん。義母が疲れたらおぶってやってくれ」
「あたしゃそんな歳じゃないよっ」
母の不機嫌そうな声にワハハとおおらかな笑い声を立て、彼は私を覗き込んだ。
「揺れてるか?」
「少しはね。でも全然大丈夫よ」
なにより気持ちが楽になった。彼がいてくれれば大丈夫。素直にそう思えた。
「じゃあ少し急ぐか」
私がうなずいて笑みを向けると、彼は歩みを早めた。
***
彼に抱かれたまま、一時経つ前に目的地に着いた。元気な産声を聞けたのは、それからさらに半日後だった。産んですぐに長い距離を移動するのは辛いだろうと、彼はいつの間にか近くの宿舎も用意してくれていた。
今はその宿舎で休んでいる。息を潜めると、ソファで横になっている母の寝息と、隣の小さなベッドから赤ちゃんの小さな寝息が聞こえる。
産まれたのはちょっと大きめな女の子だ。女の子というのが不思議なくらい、彼によく似ていると思う。母は、あんなに嫌っていた夫に似ているというのに、私に似ていないと文句を言いつつ、目では笑っていた。
ドアがほんの少しだけ音を立てて開いた。彼が、そーっと入ってくる。手にした荷物を小さなベッドの側に置くと、赤ちゃんの顔をのぞき込み、すぐにこっちへとやってきた。
「あれ、起こしちゃったか?」
小さな声の問いに、ささやくように返す。
「起きてたの」
「身体はどうだ?」
「平気よ」
髪を直してくれた手を取って引くと、唇に優しいキスをくれた。
「あなたがいてくれて、とても心強かったわ。ありがとう」
「いやぁ、ラッキーだったよ。お前も赤ん坊も、……、ん、まぁ、そこのお婆ちゃんも俺の家族だ。不安な思いはさせたくないからな」
笑みを交わした彼の後ろで、母がむくっと起き上がったのが見えた。私の視線に気付いたのだろう、彼も後ろを振り返る。
「誰がお婆ちゃんだって?」
ウッと言葉に詰まり、彼が慌てている。
「だって、母さん、この子のお婆ちゃんじゃない」
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