レイシャルメモリー後刻
第8話 その温かな手の中で 2
ムッとした目で見つめると、母は、そうかい? と言いながら、玄関まで行ってウロウロしている。邪魔には変わりないけれど、さっきよりは全然いい。お産の先生が横から話しかけてくる。
「それでだね、そこはここから歩いて一時ほどの距離があるんだ。馬車で駆けつけるわけにもいかないから、産まれるまでの間だけでも仮住まいを探した方がいい」
「やはり、そうですか」
こればかりは面倒でも仕方がない。でも、北側には軍の宿舎が多かったはずだ。夫と相談してみるのが早そうだと思う。
「見つけられるかね?」
「たぶん大丈夫だと、……、え?」
思わずおなかを押さえた。痛みが強くなってくる。産痛が来たのかもしれない。
「冗談、でしょ?」
「まさか、来たのかね?!」
痛みに冷や汗が出てくる。少しじっとしていると収まってはきたが、こういう痛みが繰り返し来るのが産痛だ。今はまだ歩けないこともないが、どんどん強くなる産痛に耐えながら、一時も歩かなくてはならないのだろうか。そう思った時、入り口が騒がしくなってきた。
「と、とにかく地図を」
お産の先生は足を引きずりながら、術師先生のところへ行ってしまった。ひどく心細くなる。
「どうしてあんたがここに来るんだい!」
「どうしてって。事故の聞き取り調査に……」
入り口から聞こえてきた声に振り返る。今一番いて欲しい人と目が合った。
「お、アリシア。どうした?」
夫のバックスが近づいてくる。後ろから母も付いてきた。
「あ、あなた……」
「なにを不安そうな顔をして。……、もしかして?!」
駆け寄ってきた彼に、思わず抱きついてうなずいた。母は目を丸くして慌てている。
「どうすんだい?」
「どうって、先生のところに」
「あのね、先生、怪我をして」
「え?」
指をさしたところに、地図を持った先生が戻ってきた。
「怪我人って先生でしたか! って、どうすれば?」
「ここ、ここだよ」
地図を示した先生の指先に彼が見入る。知らない場所の地図を見ても、私にはちんぷんかんぷんで理解できない。
「同業者がいるんだ。まだ話しも通していないんだが、とにかく行ってみてくれないか? 馬も馬車も揺れがまずいから、できれば徒歩がいいんだが」
「了解」
こともなげにそう言うと、彼はサッサと甲冑を外し、私を抱き上げた。
「重いでしょう? まだ歩けるわ」
「お前の一人くらいは平気だ。そんな心配いらないから、腹だけ庇っとけ」
彼はそのまま兵士たちのいる治療院の門まで進んだ。兵士たちの、奥さん、というつぶやきに恥ずかしさを隠せず、顔を彼の肩口に埋める。
「北の産院を知ってる奴いるか?」
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