レイシャルメモリー後刻
第5話 指先の口紅 1


 ルジェナでの生活は新しいことばかりで、最初はとてもとまどった。でも、行事や謁見の時の立振舞や、訪ねてくる人々への対応など、お姫様ごっこをしている振りをしながら、それでもずいぶん覚えたと思う。
 フォースも皇位継承権一位という地位に、結構慣れたように見える。領主としての仕事をしている時も、最近は楽しそうで。
 読めばそのまま知識になる書物は数多くあるし、タスリルさんが親切に教えてくださる。楽だからこそ、単純に面白いと言っていられる段階なのだとは思う。でも、このまま知識を積んでさらに慣れていけば、皇太子妃としても、やって行けそうな気持ちになってきた。
 フォースのお父様であるライザナル皇帝クロフォード様は、なぜか最初から私を認めてくださっている。しかも、その証拠だと理由をつけて、何かと贈ってくださる。今回アルトスさんが持ってきたプレゼントの話も、そのうちの一つのようで。
 アルトスさんと一緒に寝室に入ってきた女性二人が、フォースと私に向かって頭を下げた。前に立った一人が口を開く。
「皇帝陛下のご命令で、リディア様のお好きなように、ドレスを三着仕立てて差し上げるようにとのことでございます」
 マクラーンで流行しているドレスの仕立屋さんなのだそうだ。それぞれが、たくさんのドレスを抱えている。
「え? 三着もですか? 私は今持っているだけで、充分なのですが」
「いいえ、皇帝陛下からのプレゼントです。受け取っていただかないわけには」
 仕立屋さんの言葉に、アルトスさんは大きくうなずいている。確かに、受け取らずに返してしまったら、逆に何かと面倒なことになりそうだと思う。受け取ればいいよ、と苦笑するフォースにうなずいて、私は仕立屋さんの方に向き直った。
「では、無地であまり飾りのないものを三着お願いします」
 仕立屋さんは、はぁ? と目を丸くする。
「三着とも地味なドレスだなどと。もっと着飾ってレイクス様に見せて差し上げればいいですのに」
 仕立屋さんは、アルトスさんと何か話し始めたフォースに話を振った。
「レイクス様からも、おっしゃってくださいまし」
「え? 何をどう言えと」
 キョトンとしているフォースに、アルトスさんが冷笑する。
「綺麗にして見せてくれとか、そういうことだろう」
「は? 何を着ていたって綺麗だし。どっちかって言ったら、脱いだ方が」
 バシッとフォースの頭を叩いて、アルトスさんが止める。
「考えて話せ」
 手を出したことに口を挟みたくなるけれど、いつものことだし、フォースが信頼している人なのだからと口をつぐむ。
「私どものドレスは、装飾が売りなのですよ。それが流行っているのです」

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