レイシャルメモリー後刻
第5話 指先の口紅 7


 フォースの横を通って私の寝室へと向かいつつ、フォースの言葉が普段と違う響きに聞こえたように思った。そう、いつもは、化粧を落としてこいよ、と言っていた。でも今は、口紅、と。
 ふと、アルトスさんの、こちらがよろしいかと、と言った低い声を思い出す。フォースはアルトスさんが選んだ口紅を私がつけたことを気にしているのかもしれない。そう思い当たって、あ、と声がでてしまい、口元を手で隠した。
 立ち止まって振り返ると、私が何に気付いたのか分かってしまったのだろう、フォースが顔をしかめる。私は慌ててフォースの側に駆け寄った。
「フォース? 私ね、私も決められなかったから指示されたのをつけただけで」
「バカげてるのは分かってる」
 私の言葉を切るように、フォースがそう口にする。
「でも、他の男が選んだ口紅だと思うと、嫌でたまらなかった」
 フォースは私を左腕で抱き寄せると、右手の親指で私の口紅をぬぐった。
「口紅は分からないけど、ドレスなら分かりそうな気がして。でも、ドレスも駄目だ」
「一生懸命に見てくれて嬉しかったわ」
 軽く口づけた唇が離れたその場所で、フォースは口を開く。
「全部俺のモノでいて欲しいんだ。この唇に俺じゃない奴が関係してるなんて、許したくない」
「唇の、……、関係者?」
 うなずいたフォースの髪が、おでこに触れる。そんなことでフォースが妬いてくれることに、思わず喜んでしまいそうになる。
「直接の関係者はフォースだけよ」
 そう言うと、フォースがようやく、でも苦笑のような笑みを浮かべた。もう一度私からキスをする。強く抱きしめられ、深いキスが返ってきた。
「今度、口紅も選んで。私の唇は一つだけなのだから、あんなにたくさんいらないわ。一緒に選んだの以外は、次女さんたちにあげようと思うの。もったいないじゃない?」
 フォースは、ああ、と返事をしてうなずいた。その顔には、いつもに近い笑顔が戻っていてホッとする。
「できるだけ前と変わらない生活がしたいわ。フォースがいてくれるだけで、贅沢は足りてるもの」
「できるだけ、って言ってくれるのが、ありがたいよ」
 そう言って、フォースはため息混じりの笑みを浮かべた。

 そして。贈ったドレスくらいに装飾のついたドレスを普段から着るように、という陛下からの手紙に絶句したのは、また後のお話。

☆おしまい☆

※璃翠サラサさまのリクエストで書かせていただきました。ありがとうございました。m(_ _)m

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