レイシャルメモリー後刻
第5話 指先の口紅 6


 フォースは慌ててこちらを向くと、ああ、と返事をした。側にいて欲しい時にケンカ腰になってきたら、出端をくじくのが一番だ。放っておくと二人で剣術の練習に行ってしまう。私はフォースに手を振って自分の寝室に入り、隣の部屋に耳を澄ませた。言い争う声は聞こえないし、外に出て行ったような気配もない。
「では、次はこちらにしましょうか」
 仕立屋さんは、薄い緑色のドレスを手にした。私は仕立屋さんとイージスさんの手を借りて、次のドレスへと着替えをはじめる。
 フォースとアルトスさんの言い合いが始まると、ひどく仲が悪そうに感じてドキドキする。でも、どんなひどい言い合いをしても、話が変わったとたんに同調していたりするので、本当のところは仲がいいのか悪いのか理解できない。言い合いを止めることに失敗してもケンカならずに剣術の練習に行くくらいだから、お互い信頼はしているのは分かるのだけど。
 着替え終わって、また隣の部屋へ行く。気付いたフォースが視線を向けてきた。私は、式典の時にするような、頭を深く下げたお辞儀をして見せる。顔を上げて笑みを向けても、フォースは真面目な顔のままだ。
「形はこっちの方がいいと思うけど。色のせいかな、さっきの方が顔が明るく見える」
 そう? と返事をすると、フォースはようやく頬をゆるめた。
「でも、どっちを着てても綺麗だ」
「ドレスを見ろ」
 アルトスさんがフォースの横でツッコミを入れる。私は顔が赤くなった気がして、頬に手をやった。
「あれ? 赤くなったら、その色すっごく似合う」
 そんなことを言われても、いつでも赤くなっているわけではない。上気した顔を隠したくて後ろを向く。
「き、着替えてきます」
 アルトスさんに、真面目にやれ、とどつかれているフォースにそう言って、私はまた着替えのために隣の部屋に入った。

   ***

 擦った揉んだの末に、ドレスはなんとか三着決めることができた。仕立屋さんとアルトスさんを廊下まで見送り、ドアの前に残ったイージスさんにお辞儀をして戻る。でも、部屋の真ん中に立っているフォースの、不機嫌そうな表情は変わっていない。
「フォース?」
「俺は真面目に選んだつもりなんだけど」
「分かってるわ」
 ドレスとか化粧とかアクセサリーには、まったく興味が無い人なのに、一生懸命になってくれた。笑みを向けた私と目が合うと、フォースはため息を押し殺したような顔で視線をそらす。
「……、口紅、落として来いよ」
「はい」

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