レイシャルメモリー後刻
第5話 指先の口紅 5


 一着目に着替え終わった時、ドアにノックの音がした。イージスさんが出ると、アルトスさんの声が聞こえてくる。
「一着ずつ、レイクス様にも見せて差し上げて欲しい」
 フォースが見ると言ったのか、アルトスさんが見ろと言ったのか。私はその声を聞いてドアのところへと歩を進めた。
「アルトスさん」
 呼び止めた私に、フォースのところへ戻ろうとしていたアルトスさんが振り向く。
「私、フォースが結婚してくれたことで、すべてを許された気がするんです」
 いつも変わらないアルトスさんの表情が、ほんの少しだけ動いた気がした。そのまま私を見ているアルトスさんの向こうから、フォースが近づいてくる。
「どうした?」
「いえ、何も」
 後ろに下がったアルトスさんに、本意が通じたのかは分からない。でも、これ以上言うと、それも命令になってしまうかもしれないと思うと言えなかった。フォースの視線が疑わしげにアルトスさんを追う。
「フォース、どう?」
 その視線をこっちへ向けようと、クルッと回ってみせた。フワッと広がったドレスの裾が、フォースの足に引っかかる。
「あっ」
 バランスを崩した私を、フォースが抱き留めてくれた。思わず小さく舌を出して、フォースに微笑みを向ける。
「ありがとう」
 そう言うと、フォースはまださっきの行動が気にかかっているのだろう、無理のかかった笑みを浮かべた。その視線は私の目ではなく、口元辺りを向いている。
「似合ってる?」
 顔を突き合わせたままそう聞いた。フォースは視線を合わせた後、ドレスを見るためか下を向いてから顔を上げる。
「いや。見えない。胸しか」
 下を見てドキッとした。襟元が大きく開いているので、ドレスが少ししか見えない。顔が熱くなってくる。慌てて離れてもう一度、今度は踊る時のステップをゆっくり踏んだ。
「ど、どうかしら」
 いつもならすぐに、分からない、と返ってくるけれど、フォースは何も言わずにじっと私を見つめている。動悸が胸に大きく響き、なおさら顔が赤くなりそうに思う。
「フォース?」
「うん。似合ってる。……、と思う」
 ハッキリしない言葉に、アルトスさんがフンと鼻で笑った。
「見せろと言っておいて」
「まだ基準が無いだけだ」
「普段は基準にならんのか」
「しっかり化粧をしていたら違うだろ」
「ああ。そのくらいの見分けはつくんだな」
「なんだって?!」
 顔を見ないで話をしていたフォースが、アルトスさんを睨むように見る。私はわざとその時を狙って声をかけた。
「次のドレスに着替えてくるわね」

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