レイシャルメモリー後刻
第5話 指先の口紅 4
迷うのを仕立屋さんに任せて、私はまたフォースとアルトスさんの会話に耳を傾けた。
「分かんねぇよ」
「熟視すれば分かる」
「絶対そんなもんじゃ無理だって」
「お前はボーッと見とれているだけだからな」
「なんだって?」
「ほぉ? 違うのか」
「……、い、いや、そうかもしれないけど、でも……」
フォースが言葉を切った。ため息が聞こえたような気がする。
「薄い葉色は、肌が黒っぽく見えたりするんですよね」
仕立屋さんが優しい彩度をした淡い緑色のドレスを私に当てた。
「まぁ! この色がこんなに似合う方にお目にかかったのは初めてですわ。本当に人を選ぶ色ですのに!」
すごいお世辞と思いながら、これもお召しになってくださいとニコニコしている仕立屋さんに、はい、と返事をする。
「あとは……」
仕立屋さんは、またドレスを物色しだした。意識がフォースとアルトスさんの会話に向く。
「口紅を贈るって、そういう関係の人がいたんだ?」
「どういう関係を想像してるんだかな。お前もリディア様に贈ってみろ。似合わなかったら笑ってやる」
「大人げねぇな。だけどいつの間に結婚したんだ?」
「していない。相手は陛下がお決めになった婚約者だ」
「いいのか、その人で」
「今はな」
「今はって。長いのか? 何で結婚しないんだ?」
「婚約の後、彼女が病にかかった。だいぶよくなったようだが、治ってからにして欲しいと言われている」
その言葉に思わず視線を向けた。目が合ってしまってから視線を戻すと、仕立屋さんはベッドに並べた五着のドレスを指し示した。
「では、ご試着くださいませ」
いつの間にそんな数になったのかと驚いているうちに、仕立屋さんは準備を始め、イージスさんはフォースとアルトスさんに部屋から出るよう頼みに行く。文句を言いたげなフォースを追い出し、アルトスさんも部屋を出た。
***
「では、こちらのドレスからどうぞ」
着ていた服を脱いで、襟元の大きく開いた薄い黄色のドレスを身に着ける。綺麗なドレスを着られるのは嬉しいけれど、アルトスさんが言った言葉が頭から離れなかった。
病気で先延ばしにしたとしたら、結婚が前提になる治ったという言葉をハッキリ言えるだろうか。陛下が相手を選ぶほどの人なのだから、病気になってしまった自分のことさえも、不甲斐なく思ってしまっているのかも。だいぶよくなったように見えて、まだ話が進まないのなら、完全には治らない病気ということも充分に考えられる。
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