レイシャルメモリー後刻
第5話 指先の口紅 3


 イージスに苦笑を向けて、ため息をつく。メナウルにいた頃は、自分の唇に近い色と、もう少し濃い色の二色だけを持っていた。あまりいろんな色があっても、つけたらどんな風に見えるかなんて想像できない。視界の隅に、フォースとアルトスさんが入ってくるのが見えた。
「どうしようかしら。会食や行事なら、普段の目立たない色というわけにはいかないわよね」
 どれにしようかと手を出しかけて迷っていると、横からアルトスさんの手が伸びて、ひょいと一つを手にとった。
「こちらがよろしいかと」
「はぁ? 適当なことを……」
 側まで来ていたフォースが振り返り、呆れたようなため息混じりの声を出す。
「分かる」
 いつもと変わりない、低く落ち着いた声がそう答えた。そんな風に言われると、本当に間違いがないように感じる。私はアルトスさんの選んだ口紅を受け取った。私が口紅をひくのを、イージスさんも微笑みを浮かべて見ているのが鏡に映っている。
「まぁ! とてもお似合いですわ。素敵な色ですこと!」
 ドアのところから仕立屋さんが顔を出してそう言った。フォースに感想を聞きたくて振り返ると目が合った。眉間にしわを寄せて、難しい顔をしている。
「フォースはこの色、好きじゃない?」
「え? い、いや、似合ってる。凄く綺麗だ」
 そう言いながら微笑みはしたけれど、フォースにはどこか気に入らないような表情が残っている。仕立屋さん二人が、ドレスを抱えて入ってきた。
「せっかくですから、どうぞ試着なさってお選びください。どちらがお好きでいらっしゃいますか?」
 そう言いながら、またドレスを広げ始める。
「似合いそうなのはどれかしら」
 色々着てみるのが楽しくても、まさか全部着てみるわけにもいかない。私は仕立屋さんとイージスさんも側に呼んで、ドレス選びを始めた。
 フォースとアルトスさんはまだ部屋の入り口のところにいて、声を抑えて何か話している。気になって思わず聞き耳を立てた。
「リディア様が私が選んだ口紅をつけてくださったくらいで嫉妬されていたのではたまらないな」
「は? 何言ってる。嫉妬じゃねぇし」
「だったら、そのふて腐れた顔は何だ」
「なっ、何で口紅の色なんて分かるのかが不思議なだけだ」
 確かに口紅の色を見極められる男の人には、お目にかかったことがない。アルトスさんは軍人なのだから、なおさらそう思う。
「これなんて、よろしいかと」
 仕立屋さんは、部屋を移る前に薦めてきたドレスを手に取った。
「あ、もう少し控えめなのを。レイクス様もあまり派手な服はお召しになりませんので、一人で目立ってしまうようなドレスは困ります」
「そうですか? それでは……、どれもお似合いになりそうですわね。どれから着ていただこうかしら」

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