レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第2部6章 諸種の束縛
3. 黒鏡の幽魂 01


 なにかの音で、ジェイストークは目を覚ました。ひどく身体がだるく、動くのが億劫だ。
 風邪でもひいただろうかとの思考と重なり、ノックの音が聞こえた気がした。
「おい。まだ寝ているのか?」
 その声を聞いて、ジェイストークは初めて、アルトスに起こされているのだということに気付いた。
「起きた。今開ける」
 そう答えながら身体を起こす。ベッドから下りた時、騎士の寄宿舎である建物の外観が頭の中をよぎった。どうしてそんなモノがと思いつつ、ドアを開ける。
「すでに出たらしいぞ」
 アルトスは、ひどく険を含んだ声でそう言った。ジェイストークが、何のことか分からず眉を寄せると、アルトスはため息を返す。
「レイクスがだ」
「出た? って、出立なさったのか?!」
「シーツを裂いてつなげたロープが窓の外に下がっていた」
 ジェイストークは耳を疑った。身体のだるさも手伝って、まだ夢を見ているような気分だ。アルトスはジェイストークに不機嫌な顔を向ける。
「やり方が危険すぎる。しかも、塔から走り去る影を、神殿の長老に目撃されている」
「それはまた間が悪いな」
 確かに神官にとって、レイクスのこの行動は、逃げたと思われ、すべてを背負わされてしまいかねない。
「城門では見つけられなかったのか? 無事でいらっしゃるといいんだが」
 ジェイストークは思わず眉をしかめた。アルトスはうなずくと、騎士の寄宿舎の方角を親指で指差す。
「ナルエスもいない。連れて行ったのだろう」
 憮然とした表情で言い切って、アルトスはため息をついた。
 ナルエスの名前を聞いて、ジェイストークはふと浮かんだ寄宿舎の場景の中に、ナルエスがいたことを思い出して顔をしかめた。密命という言葉が頭に響く。夢でも見たのだろうかと疑問に思う。
「それにしても、どうしたんだ? 身体の調子でも」
「よくはないが、そんなことは言っていられない。陛下には報告したのか?」
「ああ。外面的には捜索して連れ戻すように見せろとのことだ。兵はすでに動かしてある」
 アルトスの返事を聞き、ジェイストークはとりあえず身支度を始めた。レイクスを捜索する振りをしなくてはならない。いや、実際探し出して無事を確認した方がいいのだろう。どこか落ち着かない。
「レクタード様も探さねばならない。昨日から部屋へ戻られていないんだ。どこへいらしたものか」
 いくぶん心配げになったアルトスの声に、ジェイストークは疑いの目を向けた。
「いらっしゃらないのか? 一晩経ってるのに?」
「まさか一緒に行ったのではないと思うが」
 険しくなったアルトスの表情を見て、ジェイストークは一息の間だけ、力の抜けた笑みを返した。

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