レイシャルメモリー 3-02
「今まで粘ってきて、ようやく和平につながる親書をいただいたというのに、レクタード様に危害が及ぶかもしれないことをするとは思えない」
これだけは間違いない。そう考えながらアルトスを見返すと、アルトスは分かっているとばかりにうなずいた。
「ソーンは部屋に残っていた。何も知らないそうだ。今は食事をさせている」
ジェイストークが支度を終えたのを見ると、アルトスはサッサとドアの外に出て行く。ジェイストークも後を追った。
戻るわけはないと思いながら、いつの間にか足は塔に向いていた。塔はロープも片付けられ、何事もなかったかのようだ。誰もいないのだと思うと、ひどく空虚な場景に見える。
ふと見ると、窓の真下に当たる場所で、塔を背にしてソーンが座り込んでいる。思わずジェイストークは、ソーンの元へと駆け寄った。
「そんなところで、何してるんだい?」
ソーンは声をかけられて慌てて立ち上がった。
「いえ、別に。ちょっと変だなって思って」
「変? なにが?」
ジェイストークが聞き返すと、ハッとしたようにソーンの視線がうろたえる。
「あ。え、ええと、何でも、ないです……」
「言え」
後ろから来たアルトスが、すごんだ声をあげた。ソーンは凍り付いたように動きを止め、ゴクッとノドを鳴らす。
「ほ、ホントに何でもないんです」
ソーンはそう答えると、アルトスと目が合わないように視線を反対側に向ける。
「脅しちゃ駄目だろ」
ジェイストークは、アルトスに苦笑してそう言うと、体勢を低くしてソーンと向き合った。
「どんな小さなことでもいい、なにか気付いたことがあったら教えて欲しいんだ。レイクス様が無事でいらっしゃるならいいが、このままでは安心できないだろ?」
「でも、言っちゃいけないってレイクス様が、あ……」
ソーンが慌てて口を押さえる。ジェイストークは、アルトスと顔を見合わせてから、もう一度ソーンに向き直った。
「だったら、言っちゃいけないことは言わなくていい。難しいかもしれないけど、ソーンが変だと思うのはどこなのか、説明して欲しいな」
ジェイストークに、はい、と返事をすると、ソーンは難しい顔で考え込んだ。
「レイクス様は帰ったとか逃げたとかって、みんなが言うんだけど。どうしても帰ったとは思えないんです」
「なぜだい?」
ジェイストークは軽く笑みを浮かべながらたずねる。ソーンは一度口を閉ざすと、自分の考えを反芻したのだろう、決心が付いたように大きくうなずいた。
「忘れ物してるんです。窓から外に出たら見えるから、絶対忘れないと思うんですけど」