レイシャルメモリー 4-10


「申し訳ありません。私もマクヴァルに使われたようです」
 そう言うと、ジェイストークは深く頭を下げる。妙な雰囲気に気付いたのか、アルトスがフォースの後ろに立った。フォースはわけが分からず、ジェイストークの顔をのぞき込む。
「使われた? って……」
「はい。すべてを思い出せたわけではないのですが、たぶんナルエスに巫女の拉致の密命を下したのだろうと」
 その言葉に、フォースは息を飲んだ。思考が凍り付いたように動かない。アルトスがフォースの肩口から口を出す。
「密命ならナルエスは一人で行動しているはずだ。分かって儲けモノ、急げば追い抜けるかもしれん」
 アルトスは冷めた声で言うと、フォースに視線を向けてくる。密命だけに、行動はすべて一人だ。当然寝なくてはならないし、食事もある。常時進んでいられるわけではない。
「馬は乗り換えながら進むために間隔を開けて置いてあります。要所要所に馬車を用意してありますから、馬だけ使うことも、移動しながら睡眠を取ることも可能です」
 それだけ言うと、ジェイストークは眉を寄せてうつむく。
「ただ、ナルエスはレイクス様に心酔していますから……」
 確かにナルエスよりは所要時間は少なくて済むかもしれない。ただ、出発はナルエスが早いし一人ゆえの動きやすさもあるだろう。追いつけるかは分からない。
「ファルに手紙で、攻撃があるだろうことと俺が出した指示ではないことを知らせてもらうよ。先に分かっていれば、なおさら黙ってやられっぱなしにはならないさ」
 本気でそう思いつつも、窓をふさぐ作業が終わらない限り出発できない焦りが、フォースの全身を支配していく。
 ふと、クロゼットのドアが目に入った。ちょうど隠すつもりで、紙もペンもインクもクロゼットの小さな机にしまってあるのだ、そこなら作業中の騎士に見られることなく手紙を書ける。今書いておけば、出発してすぐにファルを呼び寄せ、手紙を運んでもらうことができそうだ。ファルなら間違いなくナルエスより先にヴァレスに着ける。
「あそこで手紙を書いてくる」
 フォースは口を閉ざしてしまったジェイストークに耳打ちした。ジェイストークは、分かりました、とうなだれた頭をさらに下げる。
「大丈夫か?」
 思わずたずねたフォースに、ジェイストークは無理に作った笑顔を見せた。
「ありがとうございます。今はもう、少しだるいくらいですので」
「気持ちの方も?」
 フォースの心配げな瞳に、ジェイストークはいくらかほぐれた顔で、わずかだが自然な笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
 フォースはジェイストークに笑みを返すと、クロゼットに向かった。ジェイストークがアルトスにかけた声が、背中に伝わってくる。
「何もかもスマン。兵は既にレイクス様の捜索に動いている。どうか気をつけてくれ」
「ああ。できる限りのことはする」
 アルトスの返事を背中に聞きながら、フォースはランプを手にクロゼットへと入った。


〜続きは次の更新で


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP