レイシャルメモリー 5-11


「何を遊んでいるんだいっ」
「わっ、すみません、今行きます」
 フォースが慌てて答えると、タスリルはヒヒヒと笑い声を立てる。
「薬を練らなきゃならないんだ、二人で少しゆっくりしておいで」
 そう言うと軽く手を振り、タスリルは窓から離れていく。ホッと息をついたフォースの袖を、リディアが引いた。
「ファルだわ」
 その声に空を見上げると、ファルが一直線に向かってくるのが見えた。ファルは二人の少し前に降りてくると、いつものように手紙の付いた足を差し出す。フォースはファルの足に触れないように、そっと手紙を取り出した。ファルは近くの低木に飛び移る。
「グレイだ」
「ねぇ、なんて?」
 フォースは手紙の文字に視線を走らせた。
「みんな元気でいるって。それからサーディが、……、怪しい? なんだそりゃ」
 ええ? とリディアも手紙をのぞき込む。
「ほんと。怪しいって書いてある」
「それにアリシアが分裂予定って。あのやろ、ちゃんと分かるように」
「赤ちゃん?」
「えっ?!」
「そうよ、きっとそう」
 リディアの満面の笑みが見上げてくる。こみ上げてくるうれしさに、フォースはリディアを横抱きにして一回転した。
「すげぇ! そうだ、そうだよ!」
「産まれたら会いに行きましょうね」
「ああ。どっちに似ても、……、嫌な性格かもな」
 リディアの笑う声が、耳のすぐ側で聞こえる。
「やだ、赤ちゃんよ? 大丈夫よ」
「だといいけど。バックスとアリシアの子だからなぁ」
 クスクス笑っていたリディアの声が止まった。
「私も、……、早く赤ちゃんが欲しい」
「そうなの?」
 リディアが控えめにうなずく。フォースはリディアを抱き上げたまま歩き出した。
「じゃあ今から作ろうか」
「ええっ? 待って、まだ陽がこんなに高いのよ。それに」
「それに?」
「イージスさんが真っ赤……」
 その言葉に、フォースは思わず足を止めて振り向いた。イージスが慌てて手を横に振る。
「い、いえ、お気になさらず、どうぞ」
「いや、どうぞって言われても」
 フォースは可笑しさに声を潜めて笑う。
「せっかく出てきたんだから、もう少し庭を見て回ろう」
 うなずいたリディアをそっと降ろし、唇を引き寄せキスをする。ファルが舞い上がった音に二人で振り向き、その後を目で追った。
 陽の光がまぶしい視界の中、ディーヴァの山々は白い冠雪をいただき青空に映えている。
 神が降臨することはもう二度と無いだろう。だがフォースはその山に、確かに神の存在を感じていた。

 ― 完 ―



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