大切な人 企画モノ
第1話 絆 1-1


 メナウルとライザナルの国境近くに、ヴァレスという街がある。数日前、メナウルが本来の領土であるヴァレスを、女神の力で取り返した。防壁に囲まれたヴァレスの中心には高い鐘塔を持つ神殿があり、その横には敵国であるライザナルの人間にも手入れを受けていたように綺麗なままの庭が広がっている。
 庭の中、神殿の石壁の側にある旧式の井戸で、フォースは水汲みをしていた。腕に力を入れ引き上げるたびに、身に着けた騎士の鎧がカチャカチャと音を立て、ダークブラウンの髪が揺れる。そしてフォースが黙々と水汲みを続ける井戸の縁に、丈の長い神官服を着たグレイが本を片手に座っていた。
 フォースとグレイは皇太子の学友同士として付き合いが深い。コレも阿吽の呼吸というのか、水汲みも口に出すことなく、いつの間にかフォースがすることに落ち着いていた。グレイは本から視線を上げ、リディアに向かって声をかける。
「水やりなんかしなくても、リディアは降臨を受けてる巫女様なんだから、黙ってデカい顔していればいいんだよ?」
 グレイにとって神官長の娘であるリディアは、付き合いの長い妹のような存在だ。グレイはリディアが楽しそうに水やりをしているのを眺めながら、気持ちよさそうに伸びをした。長い銀色の髪と赤みがかった銀の瞳が、暖かな日差しを反射する。
 リディアは井戸の側まで来ると、カラになった水差しを置いて、フォースが水を入れた方を手にし、少し緑を帯びた薄いブラウンの瞳を細くして微笑んだ。
「乾いた土に水が染み込んでいく音って好きなの」
 リディアはグレイに向かってそう言うと、恋人であるフォースと笑顔を交わし、まだ乾いたままの花壇まで行って水やりを再開した。首を傾けるたび、リディアの琥珀色の長い髪がサラサラと動き、日の光を含んで柔らかな光を放つ。リディアは水差しをまっすぐに戻して耳を傾け、水を与えられて湿っていく地面からフチフチという微かな音と土の香りが立ちのぼってくるのを楽しんでいた。
 不意に花壇の花の隙間から、5〜6歳に見える男の子が花を揺らすことなく飛び出してきて、そのままリディアの側を駆け抜ける。スプリガンという妖精のティオだ。ティオは、ガーディアンとしてリディアを守ると言い張り、普段は子供の姿でリディアにへばり付いているが、こののどかな状況に花々の間を走り回って遊んでいる。ティオが花の中に駆け込んで起きた柔らかな風が、リディアの軽い生地でできた服の裾と、輝きを含んだ豊かな髪をなびかせて通り過ぎた。

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