大切な人 1-2


「代わりにデカい顔してそんなところに座ってやがって」
 フォースの声に、リディアは思わず井戸を振り向いた。ロープで擦れて赤くなった手を水で冷やしながら、フォースは濃紺の瞳をグレイに向けている。
「いやぁ、やってくれるってんだからお任せするよ」
 グレイはフォースを振り向きもせずに、大きなアクビをした。フォースは、後ろからそっと近づくと、井戸水で冷やしていた手をグレイの首筋に押しつける。
「ひあっ! 冷てぇだろっ。そんなとこ触ったら余計に寒気がするだろうがっ」
 井戸の縁から飛び降りて、グレイは首をすくませ身をよじらせる。声を立てて可笑しそうに笑っているフォースに、グレイはムッとした顔を向けた。
「まったく。そこに恋人が居るってのに、触る人間を間違えてるだろ」
 口をへの字にして、グレイは顎でリディアを示す。リディアは見ていない、聞こえていない振りをして、上気した頬を隠すように慌てて二人に背を向けた。フォースは赤くなった手の平を並べて、ため息をつく。
「ずっと水汲みしていて、手の感覚が残っていないからな」
 その言葉に、グレイがブッと吹き出した。
「感覚がないと触ってもつまらないって?」
「え? 違う、こんな時でもないとグレイには触る気がしないって意味で言ったんだ」
 フォースは、グレイの言葉に面食らって反論を向けた。グレイは半分笑いながら疑わしそうにフォースを見る。
「嘘を付け」
「嘘じゃないっ」
「毎度おなじみ出張懺悔室です」
 グレイの言葉で、フォースは声を詰まらせた。グレイが、ほら嘘だ、とフォースを指さしたその手の下を、ティオが走っていく。
「嘘じゃないけどさ、触りたいとは思ってるよね」
 ティオが通り過ぎるついでのように発した言葉に、フォースは唖然とした。ティオは人の心を見抜けるのだ。グレイは言葉を失っているフォースを横からどついた。
「嘘じゃないってのは信じるよ。って、俺だって恋人にに触れたい、抱きしめたいって気持ちくらいは分かるけどな」
 もっともらしくうなずいて言ったグレイと顔を突き合わせ、フォースはグレイのモノトーンの瞳に反射する赤い輝きをにらみつける。
「だったらなんで茶化したりするんだよ」
「そりゃ面白いからに決まってるだろ」

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