大切な人 企画モノ
第2話 命をかけて 2-1
恋人のリディアが女神の降臨を受けて巫女になってしまってから、二位の騎士である俺が陛下の命によりリディアの護衛を務めている。護衛に就いてからは、ほとんど一日中リディアの側に居る。
当然リディアがソリストとして神殿の講堂で聖歌を歌う時もだ。二位騎士の証である赤いマントを着けて鎧に身を固め、数歩ひいた場所で微塵も動かずに、ひざまずいていなければならない。
だがそれは俺にとって、決して嫌な時間ではない。リディアの琥珀色の長い髪が、窓からの光と戯れながら揺れ、ブラウンの瞳に輝きを添える。柔らかで艶やかな唇から紡ぎ出される歌声はどこまでも透き通り、講堂にいる人々を優しく緩やかに包み込んでいく。誰もが共通して持てる幸せというのは、たぶんこんな状態のことをいうのだろうと思う。
ただ、さっきから、この講堂、出入り口の扉の側に、リディアが作り出す世界の外にいるような顔で、若い男が一人立っているのが俺の視界に入っている。どこかで見たような気がするその目を笑うように細めると、その男は扉の外へと消えていった。
***
「フォース、今日はお客様が居るんだよ」
出番が終わり、リディアをエスコートして講堂裏へ戻ると、背の低いふくよかな体型の女性がにこやかな顔で現れた。名前をマルフィといい、神殿で食事などの世話役をしている人だ。
「ほら、出ておいで」
マルフィさんがドアの影から引きずりだしたそいつは、さっきまで神殿の扉の側に立っていた男だった。どこから出したんだか、薔薇の花束を持っている。緊張に思わず身体を硬くすると、マルフィさんは俺の腕をバシッと手の甲で叩いた。
「やだよ、忘れちゃったのかい?」
そいつは眉を寄せたマルフィさんをなだめるように、まぁまぁ、と押しとどめ、こっちに向き直る。
「僕の顔を覚えていませんか? こうしてお会いするのは初めてですが。観に来てくださったんですよね?」
観に来て、という言葉で、ハッと思い当たった。思わず一歩後ろにいるリディアと顔を合わせる。
「偽者……っ」
リディアが言ってしまってから口を押さえると、そいつは苦笑して肩をすくめた。
「あんまりですねぇ。アレは役ですよ。フェーズとリリア、架空の世界です」
そいつは、どうぞ、と付け足し、手にしていた薔薇の花束をリディアに差し出す。
「あなたの歳の数だけ花束にしてみました。でも十六本ではあなたの美しさには対抗できませんね」
困ったような取って付けた笑顔を浮かべているリディアに、そいつは花束を押しつけるように渡した。
一度、マルフィさんに勧められて大衆演劇を観に行ったことがある。ラブストーリーだと言われていたので退屈を覚悟で行ったのだが、退屈どころの話ではなかった。