大切な人 2-2
舞台上にいる恋人同士の二人は、今俺とリディアがしている格好そのもの、すなわち、二位騎士の証である赤いマントを着けて鎧を着た男と、ソリストの白いロングドレスを着た女性だったのだ。その時の彼ら二人のキスシーンを思い出し、思わず口を手で隠す。
マルフィさんが、焦れたように俺の顔をのぞき込んできた。
「この子はトレイルだよ。二十一歳で劇団を引っ張る大衆演劇のスターさね」
マルフィさんは自慢するようにそっくり返って言う。俺より三つ歳上だ。そういえば、俳優の仕事に命をかけている人だとか言えるほど、マルフィさんはそいつに入れ込んでいた。
「フォースさん、よろしく」
トレイルというそいつは、笑みを浮かべてこちらに右手を差し出した。
「どうも」
俺はあまりよろしくしたくないと思いつつも握手した。その手はリディアにも向けられる。リディアは俺と視線を交わしてから、張り付いた笑顔で怖々手を出した。トレイルは歓喜の表情を見せ、両手を使ってリディアの手を包むように握り、そのまま俺に力の入っていないフニャッとした顔を向けてくる。
「それにしても、女神の護衛だなんて役得ですね。なんてったってリディアさんの側にいられるんですから。一度交換しませんか?」
役得ということでは異論はない。が。交換? って、何をだ? リディアは驚いた顔で、握られていた手を慌てて引っ込めている。
「気付いてくださいよ。リディアさんと、うちの」
「てっ、てめぇバカじゃないのか?」
その意味に思い当たり、意識せずに声が大きくなった。リディアには女神が降臨しているのだ。それなのに護衛を一般人に任せるわけにはいかない。俺が発した言葉に、トレイルは困ったように苦笑すると肩をすくめる。
「やだなぁ。そういう時は付き合いで、冗談でもイイよって言うのが筋じゃないですか」
「筋なんて無い。この仕事に冗談が通じるかっ」
吐き捨てるように言った俺の腕を、マルフィさんはまたバシッと叩いた。さすがに二度も同じ所を叩かれると痛い。
「フォース、なんだい、妬いたりして」
「は? 違うっ、俺は」
マルフィさんの言葉に驚き、なんとか弁明しようとした俺の肩に、後ろからポンと手が乗る。振り返ると、そこには神官のグレイがいた。グレイは赤く光るシルバーの瞳を、俺からマルフィさんへと向ける。
「お客様ですね? マルフィさん、裏に通して差し上げてください。あとからすぐ行きますので」
グレイは、いつものように笑みをたたえた顔で、応接室兼食堂へと続く廊下に手を向けて指し示すと、マルフィさんとトレイルが廊下に入るのを手を振って見送った。グレイが首をいくらか傾けたせいで、後ろにまとめた長い銀髪が揺れる。彼らが見えなくなったところで、グレイは色白の顔をリディアへ向けた。