大切な人 ura
第1話 持久力 1-1
恋人のリディアが女神の降臨を受けてしまってから、二位の騎士である俺が陛下の命を受け、リディアの護衛を務めている。護衛に就いてからは、ほとんど一日中リディアの側に居られるという嬉しい状況だ。
ただ、女神に降臨を解かれてしまうとコトなので、恋人とはいえうかつに手を出したりはできない。リディアの父であり神官長でもあるシェダ様は、手を出したらどうなるか分かっているだろうね、というような冷たい視線付きで、最後の一線さえ越えなければいいと気楽なことを言っている。実際は、手なんか出したら最後の一線どころか、止められる気がしないので、せいぜいキスをするのが限度だったりするのだが。
一日のほとんどをヴァレス神殿の中で一緒に過ごしているが、当然、睡眠だけは別々の部屋でとる。リディアの部屋は、俺の部屋と廊下を挟んで斜め向かい、すぐ側だ。
「フォース、おやすみなさい」
「おやすみ」
その日もリディアと部屋の前で別れ、後の見張りを警備補助のバックスという騎士に頼む。バックスは騎士の一年先輩で五歳年上だが、騎士に成り立ての頃から付き合いがあって馴染みが深い。普通ならば騎士同士、面倒な引き継ぎがあったりするのだが、バックスとは簡単なやりとりだけで済む。
「それじゃ、あとよろしく」
「了解」
そして、いつものようにお互い手を挙げるだけの挨拶をして、俺は自分の部屋へと入った。
部屋へ入り、まず鎧を外す。身体は一気に楽になるのだが、不安も頭をもたげてくる。最近はまったく前線に出ることもないのだが、このままでは身体がなまってしまう。もしも何かあった時に困るので、ここヴァレスに来てからは、毎日一息ついたあとの時間を利用して、腹筋や背筋を鍛えたり、腕立てを続けている。
腹筋、背筋の運動を終えた頃、ドアにノックの音がした。
ドアを開けると、そこにはリディアとバックスが立っていた。
「あれ? どうした?」
「リディアさん、眠れないんだって。俺、ほんのちょっとだけ外したいんだ、その間見ててもらってもいいかな」
説明をするバックスの前で、リディアはいかにもすまなそうにしている。俺は笑顔を作った。
「別に俺は構わないよ」
「サンキュー、なるべく早く戻るよ」
バックスはそう言うと、サッサと廊下の突きあたりにある階段の方へと歩いていった。
「フォース、凄い汗」
顔を上げて気付いたのか、リディアは薄いブラウンの瞳を丸くして、部屋へと入ってきた。そして奥の棚からタオルを持ってきてくれる。勝手知ったる、というか、間借りしているのは俺の方だ。リディアは聖歌ソリストの見習いをしていたので、神殿の中を知っていても当たり前だったりする。