大切な人 ura 1-2
「何してたの?」
タオルに顔を埋めた俺の耳に、リディアの声が届く。
「トレーニングだよ。いざって時、動けなかったら困るだろ」
「毎日?」
俺がうなずくと、リディアはポンッと手を叩いた。
「じゃあ、私が部屋に入ったあと、しばらくしてからフォースが出て行くのって、もしかしてお風呂?」
「風呂ってか、水を浴びてくるんだけど」
それを聞いて、リディアは顔をほころばせる。
「なんだ、そうだったの。毎日どこに行っているんだろうって、ずっと不安だったの」
不安って、リディアはいったいどんなことを考えていたんだろう。リディアは目にとまったらしい砂時計の砂が落ちるのを、じっと見ている。
「ああ、それ。それで時間計って身体動かしてるんだ」
え、と振り返り、リディアは困ったような顔をした。
「ごめんなさい、邪魔しちゃって」
「邪魔なんかじゃないよ。そうだ、乗ってみる?」
キョトンとしたリディアの前で、俺は腕立て伏せの体勢をとる。
「背中じゃ辛いから、このへんに」
俺は身体を片手で支えて、腰のあたりを示した。
「乗っかっちゃって平気?」
俺がうなずくと、リディアは砂が落ちきった砂時計をひっくり返し、椅子に座るように乗っかった。
「これで同じ時間ってのは厳しくないか?」
「そっか、そうよね」
「ま、いいか。挑戦してみよう」
「ホントに?」
俺はいつもやっているように、腕を曲げて身体を低くした状態から、一気に床を突き放すように押し上げた。キャアと悲鳴を上げて、リディアは背中に覆い被さるように抱きついてくる。リディアの長い琥珀色の髪が、肩口にサラサラとこぼれた。俺は腕に掛かる負荷が大きくなって、腕を突っ張ったまま落ち着くのを待つ。
「リディア?」
「ごめんなさい、ビックリした」
リディアは背中に手をついて起きあがろうとする。
「そのままでもいいよ」
俺はリディアを背中に乗せたまま、ゆっくり腕立てを繰り返した。
「いつもはさっきみたいな腕立てしてるの?」
「ああ。さっきのは瞬発力を付けるための腕立て。この状態だと持久力だな」
腕立てを繰り返す俺の背中で、リディアは動かずにじっとしている。
「信じられない」
つぶやくような声が聞こえ、俺はリディアに聞き返した。