大切な人
第1話 火種 01-1
恋人のリディアが女神の降臨を受けて巫女になってしまってから、二位の騎士である俺が陛下の命によりリディアの護衛を務めている。護衛に就いてからは、ほとんど一日中リディアの側に居る。
女神が降臨すると、兵士同士がぶつかるような戦闘がほとんど無くなるので、戦はかなり楽になる。とはいえ、戦は続いているので、喜んではいられないのだが。
ヴァレスに来て数日で、俺とリディアがデキているなんて噂が聞こえ始めた。実際護衛をすると、結構な割合でこういう噂は出てくる。だが、どういうワケか今回の噂は、数日で本人の耳に入ってくるほど知れ渡るのが早かった。でも噂が立つのはいつものことなので、俺はなんの対策もとらず、わざわざ反論もしていなかった。
俺とリディアがテーブルの角を挟んで、いつものように話をしていると、背の低いふくよかな女性が、神殿に続く廊下から部屋に入ってきた。マルフィさんだ。マルフィさんは、俺が子供の頃、ヴァレスに住んでいた時に使用人をしていた人で、今はヴァレス神殿でまかないをしている。ほとんど俺の母代わりのようで、とても気さくな人だ。
「フォース、暇なんでしょ。二人で行ってらっしゃいな」
そう言ってマルフィさんは、二枚のチケットを俺に差し出した。
「今、チケットをとるのが大変なくらい人気の大衆演劇なのよ。凄くロマンチックなラブストーリーなんだから」
「ラブストーリー?」
リディアと視線を交わして思わず顔をしかめた俺の手に、マルフィさんはチケットを握らせる。俺はマルフィさんにチケットを返そうと、その手を伸ばした。
「でも、大変な思いまでしてチケットをとったのなら、マルフィさんが行ってくればいいんじゃ?」
「リディアちゃん連れて行ってもいい?」
「は? いや、それは」
「ほら、駄目なんでしょう?」
ほらって、なんのために俺がいると思っているんだろう。いったい何を考えているんだか。
「実はね、主演の俳優さんと知り合いなの。チケットもその子から貰ったのよ。リディアちゃんに観せてあげたくて」
得意そうに言うと、マルフィさんは俺の隣にいるリディアに目配せをする。
「リディアちゃん、行きたいよね? フォース、連れて行っておあげよ」
マルフィさんは、やっと口を開きかけたリディアの返事をろくに聞きもせず、一押し、とかなんとか言いながら、ホラホラと俺とリディアを神殿から追い出した。