大切な人 01-2


 他に行くところもなく、俺とリディアは素直に劇場へ向かった。劇場はあまり遠くない場所にある。神殿自体が街の真ん中に立っているので、どこに行くにも便利だ。
「フォースは演劇って観たことあるの?」
「俺は全然」
「そっか。そうよね」
「リディアは?」
「三回。父が連れて行ってくれたの」
 父が、と聞いて、吹き出しそうになるのを堪える。リディアの父親は神官長なのだ。面白い人なのだが、とても演劇を観に行くような人とは思えない。ネタでも仕入れに行ったんだろうか。
「父だと変?」
「いや……」
「ホントに? 変でしょう? 母との方が、まだ違和感ないと思うんだけど」
 思わずうなずいた俺を見て、リディアは可笑しそうにフフッと笑う。
「行こう」
 俺は、照れ隠しにリディアの肩を抱いて、会場へと入った。
 いくら観に来たとはいえ、俺はリディアの警備をしなければならない身だ。一番後ろに席を取り、演劇そっちのけで人の出入りを見張っていた。どうせラブストーリー、興味はない。リディアが楽しめればそれでいいのだ。
「フォース……」
 開演して少し経った頃、リディアが後ろを向いていた俺の袖をツンツンと引っ張った。リディアを見ると、舞台を観るわけでも俺を見るわけでもなく、ただうつむいて顔を赤くしている。
「全然観てないでしょう」
「え? そんなことな、い?」
 俺はわけが分からないまま舞台に目をやり唖然とした。そこには、騎士の鎧に二位の印である赤いマントをつけた俳優と、巫女の服を着た女優が向き合って立っていた。
「なっ? なんだこれ」
「やっぱり観てなかったの」
 もちろん舞台の二人は衣装を身に着けているのだろうが、確認するまでもなく俺とリディアの格好とまったく一緒だ。俺とリディアのことが、こんなところでちゃっかりネタになっていたらしい。
「いや、観てたとか観てなかったとか、そういう問題じゃ」
「名前は違うんだけど、でも」
 舞台に目を戻すと、しっかりラブシーンになっている。
「お願い、その姿でキスしないで……」
 リディアが両手で顔を覆ったのを横に感じながら、俺は思わず舞台の上のキスを凝視していた。この場所の空気や舞台の上の二人の雰囲気に、ひどく違和感を感じる。
「出ようか」
 俺の言葉に、リディアは黙ってうなずく。俺はリディアを促して出口へと向かった。途中、すれ違った二人の娘がこっちを振り返り、本物? などとゴソゴソ口にする。俺は気付かないふりで、リディアを支えるように抱いたまま劇場を出た。
 劇場を出ただけでは落ち着けなくて、そのまま側の公園に足を向ける。隠れるように木々の中に入って、ようやく一息ついた。思わず冷めた笑いが口をつき、リディアもつられるように笑い出す。ひとしきり笑うと、今度はため息が出た。
「噂が広まるわけだよな」
 リディアが小さくうなずく。
「ホントね。ビックリしたわ。マルフィさん、きっと知ってたのね」
「そうだろうな」
「なんだか物凄いモノ見ちゃった気分」
 リディアの言葉に、俺は思わず苦笑した。確かに気味が悪くて妙な感じだった。自分が夢の中で悪さしているのを、何もできずに見ているような。
「私たちって、あんな風に見えるのかしら」
 つぶやくように言うと、リディアは不安げに俺を見上げてくる。
「見えないよ」
「ホントに?」
「ああ、見えない」
 俺はうなずいて、リディアを抱き寄せた。
「アレは偽物だ、同じに見えてたまるか」
 柔らかに微笑んだリディアの唇に、俺はそっとキスを落とした。

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