大切な人 01-3


 ある程度、時間をつぶしてから神殿に戻った。それでも予想していたよりは随分早かったらしく、マルフィさんは目を丸くして俺たちを出迎える。
「あら、リディアちゃん、随分早かったわね。ちゃんと観てきた?」
 その言葉に、リディアは頬を染めてうつむく。
「観ていられなくて……」
「そうなのかい? あの子、リディアちゃんが歌ってるのを観てファンになったって言ってたんだよ」
 なるほど。話を作るのに手っ取り早い相手役が俺だったってわけだ。すいぶん安易な考えだと思い、逆に、お気楽に恋人同士になったのだと思われそうでため息が出る。
「おや、妬いてるのかい?」
「いや、他の娘にリディアの格好させてキスするなんて、薄気味悪い奴だなと思っ」
 バシッとマルフィさんが俺の腕を叩く。
「俳優さんはそれが仕事なんだよ。命かけてるんだから」
「い? 命って……」
 実際戦に出ている騎士に向かってそこまで言われたら、さすがに反論する気力も出ない。
「ところであんたたち、いつ出会ったんだい?」
「いや、それは……」
 いきなりの方向転換と、これだけは答えられないという質問に、俺は言葉を濁した。
「じゃあ、いつから付き合ってるのか教えておくれよ」
 マルフィさんの言葉に思わず苦笑して、俺とリディアは視線を交わした。マルフィさんは、ああそうだ、とポンッと手を叩く。
「フォース、リディアちゃんを助けるために、お城のバルコニーから飛び降りたって聞いたんだけど、詳しく教えてくれないかい?」
「マルフィさん、そんなこと聞いてどうするんですか?」
 リディアの問いに、マルフィさんは、え? と一瞬真顔になる。
「そりゃ、フォースは息子みたいなモノだからね。色々知りたいんだよ」
 そう言うと、マルフィさんは笑い声を立てる。だがその声は俺の耳に、どうしても空笑いに聞こえた。
「そういえば、その俳優と知り合いって言ってたよね? もしかしてマルフィさん、俺たちのことそいつに……」
「え? ま、まさか私がそんなことするわけないだろ?」
 マルフィさんは、慌てて手をパタパタと上下に振る。そのうろたえた様子に、マルフィさんがその俳優に知らせたことは間違いないと思いながら、俺は笑顔を保とうと努力した。
「あ、そろそろ夕飯の下ごしらえの時間だね。疲れてるだろうからリディアちゃん、今日はお手伝いはいいからね」
 マルフィさんは、張り付けたような笑顔で、神殿へと続く廊下へと入っていった。
「逃げたな」
 つぶやいた俺の袖を、リディアが引っ張る。
「マルフィさんだったのね」
「ああ。強力な火種だよなぁ。道理でヴァレスに来て数日なのに、本人の耳にまで噂が入ってくるほど広まるはずだ」
 俺の苦笑につられるように、リディアは笑みを漏らした。
「じゃあ私たちのことは全部秘密ね。劇場の人に知れて、そのまま舞台にされちゃったら嫌だもの」
「ぞっとするな。まぁ被害が及ばないうちは放っておくしかないんだけど」
「でもね、周りの人たちは楽しそうだったのよ。あの時はそれどころじゃなかったけど」
 見上げてくる優しい笑顔が愛しくて、俺はリディアを腕に包むように抱いた。腕の中で胸のプレートに頬を寄せるリディアの髪を、梳くように撫でる。
「そういえば、ハッピーエンドかバッドエンドかくらいは知りたかったわ」
「どうせそれも偽者がやってることだよ。それに俺はどっちにもしたくない」
 俺の言葉に、リディアは不安げな瞳を向けてくる。
「ハッピーエンドにも?」
「エンドなんてゴメンだ。そうだろ?」
 リディアは一瞬目を見開いてからコクンとうなずく。俺は、上気して薄紅を差したようなリディアの唇に、自分の唇を重ねた。

☆おしまい☆


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