大切な人 04-6


「だって、前にお砂糖控えめで作った時、たくさん食べてくれたでしょう? 好きなのかと思って」
「そりゃ、美味かったけど……」
「今、アリシアさんに相談したら、秘密で作るなんて無理って言われて。だったら、作っている間くらいは台所に入っちゃ駄目って、お願いしてもいい?」
 じゃあ、問題の無いようにどうにかして一人にってのは、別れ話とかそんなんじゃなくて、クッキーを焼く間ってことか? リディアは返事を待っているのだろう、祈るように手を組んで俺を見上げている。
「今、アリシアに相談してたのって、それ?」
「え? そうよ? なぁに?」
「い、いや、いいよ、いいんだ、そんなの全然構わない」
 動揺を隠そうとして、声が震えた。リディアは単純によろこんだらしく、満面の笑みを浮かべて抱きついてくる。俺はいくらか安心して両腕に力を込めた。
「あ、そうだ、それでね、夢!」
「思い出したのか?」
 俺の不安をよそに、リディアは可笑しそうにクスクスと笑う。
「あのね、クッキーを作ってるんだけど、どこで間違えたのかスッゴク変な形ばっかりたくさんできちゃった夢なの。でも分量を間違えるくらいじゃ、プクプクふくれたりしないわよね」
 あの寝言は、俺に対して言ったのではなくて、クッキーのことだったのか? 言われてみれば確かに、もう駄目も、ひどすぎるも、絶対間違えてるも、たくさんも、全部しっかり当てはまる。
「じゃあ、普段からずっとしたかったことってのも……」
「え? だから、内緒でクッキーを作ってフォースを驚かしたいなぁって。え?」
 思わず身体中の力が抜け、俺は息を乾いた笑いにして吐き尽くした。いくらか前屈みになったので、リディアは胸プレートを押さえるように手を当てる。
「フォース?」
「すげぇ驚いたよ。もう無っ茶苦茶」
「どうして? まだなんにもしてないのに」
 いきなり後ろでティオがケケケケと変な声で笑い出す。そりゃ可笑しいだろうよ。だが反撃する元気も出ない。わけの分かっていないだろうリディアは、ただ不思議そうに俺とティオの顔を交互に見ていた。

☆おしまい☆


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