大切な人
第5話 大切な人 05-1


 恋人のリディアが女神の降臨を受けて巫女になってしまってから、二位の騎士である俺がリディアの護衛を務めている。普段の生活の半分が完璧に拘束される仕事で、原則としては妻帯者が就くという決まりになっている。すなわち、俺は例外というわけだ。
 リディアの父親で神官長でもあるシェダ様が、俺を護衛に推挙してくれた。降臨を受けると生活が変わってしまうので、護衛はなるべく馴染みのある人間に就いて欲しいと考えたらしい。
 確かに馴染みはある。知り合ってからは四年、恋人としての付き合いを始めてから一ヶ月が経っていた。しかも、リディアが降臨を受ける直前には、一緒に暮らそうという約束まで取り付けていたのだ。
 生活は本当に一変した。その、城都の神殿でした約束は無かったことになってしまったはずだったのだが、結局は一つ屋根の下で、一日の半分は一緒にいる。だが、どっちも同じ、なんてことは全然無い。
 降臨を受けて巫女になってしまっては、女神が降臨を解くまでの間、結婚できないのだ。シェダ様に、最後の一線さえ越えなければ大丈夫だなどと、引きつった笑顔で言われなければ、もう少し気楽にいられたかもしれないが。
 なんにしても、自分の首どころかメナウルの行く末まで、すべてこの手にかかっている。それなのに。どうしてコレが俺の仕事なんだと文句を言いたい仕事が一つだけある。いや、他の奴の仕事だったら、もっと文句を言いたくなるのは自分でも分かっているのだが。
「フォース? 今日は誰も来ないわね」
 リディアの、半分眠っているかのようなくつろいだ声が後ろから聞こえる。聞こえる?
「え? あ、ああ、そうだな」
「何か、考え事でもしてたの?」
 背中を向けたまま慌てて答えた俺に、リディアは問いを返した。
「いや、考えてない、なんにも考えてない」
「ボーっとしてたのね」
「そ、それも違う」
 狼狽している俺に、リディアが息で発したような忍び笑いが届く。おまけにチャポンと水音も響いてくる。
「このお湯、濁ってるのよ。ティオがね、山で湧いているお湯を運んでくれたんですって」
「温泉ってことか」
「そう。このお湯、ツルツルしてるの」
 へぇ、と、適当に返事をして会話を切り上げ、ツルツルだなどと余計なことを考えないように努力する。
 そう、リディアは湯浴みをしているのだ。俺はリディアに背を向けて、浴室の入り口に立っている。この状態で襲われたりしたら大変なので見張りをしている訳だ。騎士の鎧に、二位の印の赤いマントなどという面倒な格好をしていなかったら、俺が一番危ないような気もするのだが。

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