大切な人 05-2


 最初、アリシアに教えられ、難儀だわね、とか言われた。昔コロコロと一緒に育てられた姉のような人だ、俺をからかうには絶好の種だったに違いない。しかも神官のグレイから、見ちゃマズイから横を向くな、前だけ見ていろというお達しが下った。だが、そんな状況では廊下の壁しか見えない。横を見ずにどうやって見張るんだと聞くと、気配で察しろと言いやがった。気配をうかがったりしたら、後ろばかりが気になって仕方がない。まさか、襲われても前だけ見てろとは言わないだろうとは思うが。
 本気で俺を危ないと思っているのか何なのか、アリシアが茶々を入れに来たり、マルフィさんが世間話をしに来たり、ユリアがどっちをだか分からないが見張っていたりと、結構な割合で人がいたりするのだが、今日は誰も来ない。いたらうるさいし、いなかったら気を紛らわすのがたいへんなので、いてもいなくてもどちらでも構わないのだが。
「きゃーーーーっ!」
「な?」
 悲鳴に驚いて振り返ると、駆け寄ってきたリディアを抱きとめる格好になった。素肌の感触に息をのむ。リディアは腕の中で身をよじり、浴室の奥に向かって指をさす。
「トカゲがいるのっ」
「り、リディア?」
 俺は慌ててリディアを包み込むように抱きしめた。
「半端に離れると見えるからっ」
 横を向いた視線の隅で、リディアはハッとしたように俺を見上げ、それから鎧にしがみつく。
「見ないで……。でもトカゲ……」
 見ないでといわれても、もう遅い。俺の手に、怖いのか寒いのか、リディアの震えが直に伝わってくる。
 俺はマントを外して、リディアの背中からかぶせた。リディアはそのマントを胸の前まで引き寄せて合わせる。肌の白とマントの赤が、ひどくなまめかしい。恥ずかしいのか、リディアはうつむいたままだ。
 そういえば、リディアはトカゲを見たら固まってしまうくらい嫌ってるんだっけ。よくここまで逃げてきたよな。ってか、こんな所にトカゲなんかいるのか?
「どうしたの?!」
 慌てて駆けてくる音がして、アリシアが顔を出した。
「あんたっ、リディアちゃんに何か」
「何もしてないって。言うと思った」
 俺はアリシアを遮って言葉を返し、無言でうなずいているリディアをアリシアの方へ押しやった。
「そろそろ来ると思ってたんだ。ちょっとリディアをよろしく」
 リディアをアリシアに預けて側にあったタオルを取り、奥まで行って浴槽の裏側を覗く。予想通り、トカゲではなくヤモリが壁にへばりついている。
「トカゲじゃないよ、これ」
 俺は、小さなヤモリを捕まえて、タオルに閉じこめた。アリシアが顔を引きつらせる。
「イモリねっ」
「ヤモリだよ。イモリはこんな所にいないし、指が五本だったし」
「どっちも一緒よ!」

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