大切な人 05-4
「それに俺、何もしてもらってない訳じゃない。こんなに近くにいてくれてる。今はこれで充分だよ。どれだけ力になっているか」
リディアは俺の顔をうかがうように見上げてくる。
「嘘じゃないよ。でも、今は、だからね」
一瞬目を見開いてから、リディアは悲しげに目を細めた。
「一緒に住もうって約束、忘れてないわ。でも、降臨が解けるまで、待っていてくれるの? いつになるか分からないのに」
「待つよ。でも、リディアを女神から取り返す努力もしようと思っているけど」
俺の言葉にリディアの頬が緩み、笑みが浮かぶ。もう一度唇に触れるだけのキスを交わした。
「ありがとう」
この微笑みを守りたい。俺の隣で揺るぎない幸せを感じていて欲しい。そのためなら、どんな努力だって惜しまない。リディアは俺の大切な人なのだから。
近づいてくる足音に、俺は浴室の入り口に向き直った。アリシアが替わりのタオルを持って入ってくる。
「リディアちゃん、風邪ひいちゃうわよ。まだお湯に入ってなかったの?」
「どうしろってんだよ」
俺のため息を聞いて、アリシアはリディアの格好を改めて見た。
「あ、そか、マント。そのまま入っちゃえばよかったのに。このお湯じゃ変色しそうだけど」
「人のモノだと思って」
つぶやきながら浴室に背を向けて立ったところで、アリシアが俺の頭にタオルをかける。
「おい」
「見ちゃ駄目よ」
「見ねぇよ」
あまりの手持ち無沙汰に、頭からタオルを取って畳んでいると、リディアがお湯に入ったのだろう、水音が聞こえた。アリシアがマントを手に戻ってくる。
「はい。ちょっと湿ってるけど、着けときゃ乾くわ」
その言い様を鼻で笑って、アリシアにタオルを渡し、差し出されたマントを受け取り付け直す。
「あ。リディアちゃん、コレでいい?」
「え? い、いいです」
わけの分からない会話を交わして、アリシアはクスクスと笑いながら浴室を出てきた。
「リディアちゃん、タオル、あれでいいんですって。とりあえずあんたの方がイモリよりは立場が上よ」
それを聞いて、頭からかぶせられたタオルの感触を思い出し、そのタオルとヤモリをくるんだタオルを比べられたのだと、ようやく思い当たる。
「てめっ、なんてことをっ」
「よかったわねぇ」
満面の笑みを浮かべ、ポンポンと肩を叩かれて、身体から反撃する気力が抜けてため息が出た。
「なによ」
「イモリじゃなくてヤモリだ」
アリシアはそれを聞いて、しばらくコロコロと笑い続けていた。
☆おしまい☆