大切な人
第7話 嫉妬 07-1


 懺悔の部屋は、講堂側から入る狭い部屋と、神殿裏側から入る狭い部屋が連なっていて、二つの部屋の間は小さな窓、というより穴でつながっている。俺はその懺悔の部屋の神官が入る方、神殿の奥に通じる裏側のドアをノックした。
「はい?」
 返事とともに、ドアが開いた。椅子に座ったまま振り返り、ペンを持った手でドアを開けたという体勢で、そこにいた神官が笑みを向けてくる。長い銀髪を後ろで一つにまとめ、色白で、光を赤く反射する灰色の瞳が印象的な顔、グレイだ。
「あ、フォース。昼メシ? ちょっと待ってて」
 俺がうなずくが早いか、グレイは俺の腕をとり、狭い部屋の中に引きずり込んでドアを閉めた。
「おい、別に中じゃなくても」
「まぁ、これを書き上げるまで待って。すぐだから」
 グレイは、ため息をついた俺を笑って、机とは呼べそうにない狭い台の上で紙にペンを走らせている。こんな立っているだけで精一杯なほど狭いところで待つのは苦痛だ。
「二位の騎士がこんな雑用やってるなんて」
 相変わらずノドの奥で笑い声を立てながら、グレイは小さな瓶でインクを補充した。確かに使い走りまでやらされるとは思ってもみなかったが。
「女神が降臨してから、剣を振るうような衝突自体がないからな。前線も神殿も暇には変わりない」
「前線にいても一緒か」
「違う。同じなのは暇なところだけだ」
 即答した俺に、グレイは口の右側だけを吊り上げたような笑みを向けてから、続きを書き始める。
 俺が護衛を務めているのは恋人のリディアなのだ。前線に出ずっぱりの仕事と今の状況が同じであるはずはない。
 護衛という仕事のおかげで、女神の降臨を受けて巫女になってしまったリディアの側にいられるのだ。だが、リディアとは既に一緒に暮らそうという約束をしていたので、逆に降臨したシャイア神に邪魔をされているという気がしないでもない。
 グレイがペンを置き、立ち上がりかけたところで講堂側のドアが開いた。誰かが入ってくる。
「あの、いいでしょうか」
「うかがいましょう」
 断らなかったグレイの声に、ドアの方を向いて部屋を出ようとしていた身体が固まった。背中でペンを走らせる音がしたかと思うと、グレイは俺の目の前にヒラッと紙を突き出す。
『息をするな』
 書いてある文字に思わずムッとしたが、動くな、音を立てるなという意味だと理解はできる。隣とつながった小さな四角い穴からは、俺が着けているマントの赤が見えているはずなのだ。

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