大切な人 07-2


 サッサと先に部屋を出ておくんだった、いや、最初から引きずり込まれずに逃げておけばよかったと思ったが、こうなってしまっては後の祭りだ。
「聞いていただけますか」
 ホッとしたような若い男の声に、それも仕方がないかと、気持ちで息をついた。背中に、どうぞなんなりと、と言うグレイの声と、男が椅子に腰掛けた音が聞こえてくる。
「何も手につかなくて……」
 そいつのため息があまりにも大きくて、背中のマントが揺れたような気がした。
「恋を、してしまったんです。彼女を目にしたその日から、日がな一日、頭から離れることがなくて……」
 何もすることがないと、思わず耳を傾けてしまう。恋なんて、別に懺悔に持ち出すほど悪いことではないだろうに。
「とても優しく、美しく微笑む人なんです。でも、その微笑みには、いつも帰る場所があって。彼女がそいつにいいようにされていると思うと気が気でなくて」
 なんだ、横恋慕って奴か。それにしても、どこから話しが懺悔になるんだろう? グレイは何も言わずに、ただ聞いているだけだ。
「本来なら、誰の手も届かない人のはずなんです。なのに、どうしてこんな思いをしなきゃならないのか、納得できないんです」
 グレイが部屋の向こうに気付かれないよう、なんの合図なのか俺のマントをツンツンと引っ張った。横恋慕な奴は、それにまったく気付かずに言葉をつなぐ。
「そんな立場でそんな態度は変だと、いさめてあげなくてはと、思いませんか?」
「いいえ」
 グレイはようやく声を出した。そんな立場というのが何なのか、グレイには分かっているらしい。グレイは、ニッコリ微笑んで首を横に振る、そんな時の声で答える。
「人は誰も、あなたもその方も、一人で生きているのではありません。あなたの手の届かない方が、あなたの手の届かない方を信頼しているだけだとは思いませんか?」
「ただ出会う機会がなかっただけで、手が届かないなんて。シャイア神は不公平な方ではないはずだ。平等に機会を与えてくださればこんなことには」
 グレイは、ならなかったですか? と気の抜けた言葉を返した。横恋慕な奴の声が触発されたように幾分大きくなる。
「そうでしょう? だってあいつは良い家柄に生まれ育って、なんの苦労もなく学校へ行き、親の七光りで二位の騎士になったから彼女に会えたんですよ?」
 二位? 二位って、俺じゃないか。他は全部外れている気がするが、今のはもしかしたら俺のことか? じゃあ、彼女ってのはリディアで? しかも、いいようにされてるって、一体何を想像しているんだろう。思わず首を巡らせると、グレイは吹き出しそうなのを堪えて笑っている。口を開きかけた俺に、グレイは口に人差し指を当てて見せた。

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