大切な人
第8話 浮気 08-1


 恋人のリディアが女神の降臨を受けて巫女になってしまってから、二位の騎士である俺が陛下の命によりリディアの護衛を務めている。護衛に就いてからは、ほとんど一日中リディアの側にいる。
 たまにリディアに面会を申し込まれることがある。それが信者なら、いや信者だからこそ、むげに断るわけにもいかない。
 リディアは降臨を受けてヴァレスに来るまで、城都から出たことがなかった。城都で知り合ってヴァレスに移ってきたという例外を除いては、前線に近いこのヴァレスに知り合いはいない。
 だが、今日のローネイという客は、どうもその例外らしかった。緊張感のない笑顔を向け、知り合いです、と口にする。背は俺と同じくらいだが、ずっと細身、無条件でモテそうな顔立ちだ。
「どういったお知り合いですか?」
「名前を言っていただければ、分かりますよ」
 満面の笑みを浮かべてこの答えだ。それではさっぱり分からないので、許可を出せるわけがない。俺はムッとした気持ちを抑えつけた。
「分かるように言っていただけませんか」
「名前を言えば、慌てて飛び出してきてくれる筈なんだけど」
 これでは全然答えになっていない。俺は黙ったまま次の言葉を待った。ローネイは乾いた笑いを顔に貼り付け、一歩後退る。
「お、幼なじみです。城都では二年前まで、一軒挟んで隣に住んでいたんです」
「では、こちらでお待ちください」
 ローネイのおびえた声に、もしかして怖がられたのだろうかと、俺はできるだけ丁寧に敬礼を返し、神殿裏へと続く廊下へ入った。
 今日は皇帝陛下の娘で、リディアとは友人の姫君、スティアが朝から来ている。俺がいる時は、世間話や当たり障りのない噂話をしているのだが、俺が見回りなどで席を外している時は、コソコソと小声で恋愛関連の話をしているようだ。
 二人がいる居間兼食堂へ向かっていると、その部屋の方から、スティアのいやに楽しそうな声が聞こえてきた。
「やだもう、リディアったら。可愛すぎ!」
 テンションが高いからか声まで大きい。スティアが笑い声を立てると、リディアは頬を膨らませた声で、もう、と返す。
「だって、その頃は人を好きになるってどういうことなのか、まったく知らなかったんだもの」

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