大切な人 09-4


 リディアはクスッと笑い声をたて、俺の頬にキスをすると寄り添ってきた。
「ぜーんぶ」
 リディアの声が、俺の胸のあたりでこもって聞こえる。どこか恥ずかしげなせいか、普段にも増して、なんだか異様に色っぽい。
 思い切り力を込めて抱きすくめると、鎧のない身体に、リディアの感触がじかに伝わってきた。反ったノドの奥から薄く開いた唇を通って、苦しげな息が漏れてくる。俺はその唇を唇でふさいだ。
 手だけじゃなく。身体も気持ちも大きくなりたい。リディアのなにもかもすべてを、余すところ無く包み込めるように。そしてずっと守っていけるように。
 ココン、と、ドアに早いノックの音がした。
「リディアいる? お母さん、起きたって」
「あ、今行きます」
 神官であるグレイの声に、リディアは俺に微笑みを残して離れると、赤ん坊をそっと抱き上げた。ドアの外からの声が続く。
「下で待ってるよ。あ、おっぱいまであげなくていいからね」
「は? やるか、ボケ」
 神官の言う冗談じゃないだろうと思いつつ、あきれて反論した俺に、グレイは声を立てて笑う。
「ケチだな。独り占めか」
「ばっ、バカ言えっ」
 反論しようと慌ててドアを開けると、グレイはケラケラ笑いながら階段を下りていくところだった。呼び止める間もなく、見えなくなってしまう。ため息をつきつつ振り返ると、リディアはまた顔を赤くしていた。
「リディアを独り占めできるモノなら、今すぐにだってしたいよ」
 ため息混じりで言った俺に、リディアは少し寂しげに微笑んだ。だが、今はまだリディアの中にシャイア神がいて、すぐに実現することが無理なのは俺にも分かっている。
「シャイア様も、こんな風にお生まれになったのかしら。だったら私たちのことも、いつか分かってくださる日が来るわよね」
 リディアの言葉に、俺はしっかりとうなずいて笑みを返した。
「来るさ。もしも分かって貰えなくても、リディアを取り返すために努力するよ」
 そう。シャイア神から、いつか必ずリディアを取り返す。俺とリディア、二人の子供を抱いたリディアを、近い将来、きっとこんな風に眺められるように。
「その時は、この子にも、みんなにも、幸せな世界になっているといいわね」
 俺が願っているのは、リディアの幸せだけなのだが。でも、リディアが幸せを感じられるのがそういう世界ならば、少しでも近づけるように、できる限りの努力はしようと思う。
 リディアと、赤ん坊越しにもう一度、キスを交わす。それから俺は、顔を洗ってから着ける鎧のパーツを、部屋を出るために肩にかついだ。

☆おしまい☆


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