大切な人 09-3


 俺は笑いをこらえて、鎧を側まで引きずり寄せた。ガチャガチャという金属音にホッとしたのか、リディアはゆっくり息を吐き出す。立ち上がって振り返り、脛当を着けている俺を見たが、リディアはすぐに目をそらして、また背を向けてしまった。
「どうしたの?」
「ん、ううん、なんでもないわ」
 なんでもないと言うわりには、どこかおかしいと思うのだが。
 俺は顔を洗ってから着ける上半身のパーツを残した状態で立ち上がった。様子を見るために、すぐ後ろまで行くと、リディアはまるで緊張でもしているかのように動きを止める。俺は、ふとそこから手を伸ばし、赤ん坊の頬に触れてみた。
「柔らかいな」
「ぷ、プニプニしてて、可愛いわよね」
 そう言いながら、リディアは身体をこっちに向けた。だが、なんだかリディアの声までもが固い気がする。
「でも、リディアとあまり変わらない」
「え? わ、私……」
 顔を上げたリディアの頬に触れると、リディアはまたうつむいてしまった。バタバタと動く赤ん坊が、やたらと元気に見える。
「なぁ、抱いてもいい?」
「ええ。あ、気をつけてね」
 そう言うとリディアは、そっと俺の腕に赤ん坊を乗せた。赤ん坊はそっぽを向いて、やっぱり元気に動いている。
「男の人の抱っこって、手が大きいから赤ちゃんが安心するんですって」
「へぇ、そうなんだ」
 俺はリディアの話を聞きながら、赤ん坊をベッドに寝かせた。
「……、フォース?」
 訝しげなリディアと向き合うと、思わず苦笑がもれてくる。
「俺が抱っこしたいのは、こっち」
「え?」
 俺は、きょとんとしているリディアを抱き寄せた。
「ええ?」
 リディアは丸くした目で見上げてきて、目が合うとまた顔を赤くしてうつむき、俺の胸に頬を寄せた。リディアの身体から、少しずつ力が抜けていく。様子はおかしいと思うが、特に怒っているわけでもなさそうだ。
「なぁ、なんかリディア、変だよ?」
「え? う、ううん、そんなことないわ。気にしなくて、いいのよ?」
「ホントに?」
 俺が顔をのぞき込むと、リディアはうつむいたままはにかむように微笑んでから、視線を向けてきた。
「フォースのそういうところ、大好き」
「そういうところ?」
 わけが分からず聞き返すと、リディアは笑いをこらえるように肩をすくめる。
「手の大きいところも」
「も? って」

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