大切な人 09-2


「じゃあ、着替えて。そっちで待ってる」
 そう言うと、リディアは壁際の方へと移動して、ベッドの端に腰掛けた。すぐに、さっきまで聞こえていた子守歌を小声で歌い出す。そうか。だから起こしに来て子守歌だったのだ。
 寝衣を脱いでいて、リディアの後ろ姿が目に入り、服を着る手を止めて黙ったまま様子をうかがう。赤ん坊は、リディアの子守歌を喜んでいるかのように、身体をバタバタと動かし、とても寝そうには見えない。
「この子のお母さん、よっぽど疲れていたんでしょうね、講堂でとても眠たそうにしていて。だから少しでも眠っていってもらうことにして、その間赤ちゃんを預かったのよ」
「へぇ、そうなんだ」
「子供を育てるのって、大変なんでしょうね」
 リディアは、膝の上にのせるように赤ん坊を抱き、うつむき加減に少し首をかしげてゆっくり身体を揺らしている。赤ん坊はそんなリディアの顔を、じっと見つめているようだ。こんな光景を見ていると、シャイア神よりよっぽど女神だと思うほど、俺の目にリディアがとても神聖でまぶしく映る。
「旦那様、鎧職人なんですって。シャイア様が降臨して休戦状態なのに、忙しいんですって」
「誰もが今のうちに直そうって思うんだろ」
「そうなの?」
「ああ。そういうモノ」
 リディアは肩をすくめると、赤ん坊の顔をのぞき込んだ。
「お父さんも、大変なのね」
 お父さん? ああ、そういえば。
「さっき俺のこと、お父さんって呼んだよな?」
 そう、確かにリディアは俺のことを、そう言った。リディアはよっぽど驚いたのか、息を飲んで振り返る。
「聞こえてたの?! きゃあ!」
 短い悲鳴を上げ、リディアはいくらか赤みが残っていた顔をさらに赤くして、慌てて俺に背を向けた。振り回されたかっこうの赤ん坊が、アーだのウーだのと声をたてている。
「ご、ごめんなさい! 服、まだ着てなかったのね……」
「え? あ」
 その言葉にハッとして、手にしていた服を急いで身に着ける。
「ゴメン、見とれてた」
「やだ。フォースったら、自分に」
「は? 違う違う、リディアにだ」
「わ、私に?」
 リディアは振り返りかけて身体を硬くした。それにしても、なんで俺が自分に見とれると思うんだ。なんとなく可笑しくて、笑いがこみ上げてくる。
「服は着たよ。あとはコレ」

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