大切な人 10-5
「ちょっとっ。そんなとこまで頭が回るなら、もう起きなさいよっ」
一国の王女にサクッと意味が通じるのが、良いのか悪いのか。俺はスティアに手を引かれて半身を起こした。痛みはほとんど引いている。
「リディアもそんな寂しそうな顔しないの」
「えぇ? 心配なだけよ、寂しいなんて……」
振り返ると、ぺたんと床に座ったままのリディアと目が合った。立ち上がってリディアの手を取って引くと、リディアは俺の側に立ち、顔をのぞき込んでくる。
「大丈夫? まだ痛い?」
心配げなままのリディアに、俺は笑みを向けた。
「もう平気だよ。リディアは?」
「私は……。ありがとう」
ほんの少しだが、リディアが微笑んで顔を上げる。そう、この笑顔が欲しいから、リディアのことも、自分のことでさえも、大事にしようと思えるんだ。
「よかった」
思わず掴んだままだったリディアの指を引き寄せて口づける。スティアが呆れたように肩をすくめた。
「リディアが作れば、お砂糖を入れなくても甘くなりそう」
「駄目よ。お砂糖を入れないと、玉子の泡が壊れやすくなって、ケーキが潰れちゃうんですって」
リディアが慌てて言った言葉に、スティアは、そうなの? と聞き返す。リディアがうなずくと、スティアは目を細めてニヤッと笑う。
「じゃあたっぷり入れないとね。潰れたら困るもの。フォース」
吹き出しそうになり、思わずリディアに目をやると、俺のことかと驚いたのか、リディアも目を丸くしている。
「泡じゃねぇし。丈夫にできてるから、俺」
そう言って苦笑すると、リディアはクスクスと笑い声をたてて、そのままの笑顔を俺に向けた。
「ちゃんとフォースも食べられるように、お砂糖控え目で作るわね」
いや、そうじゃなくて、ただ頼って欲しいって言ったつもりだったんだけど。リディアは分かっているのかいないのか、ありがとう、と言葉を残してスティアの所へ行った。
「フォースのために、お砂糖控え目にするの?」
「スティアだって、ダイエットするって言ってたじゃない」
「そうだけど」
楽しげに作業を始めた二人を見て、まぁいいかと思う。厨房を出て俺はバックスに、後はよろしく、と頼んだ。
「楽しみだな、色々と」
帰ってきた返事に、だから色々って何だ、と思いながら、俺は厨房を後にした。
☆おしまい☆