大切な人
第11話 花束 11-1


 子供の頃に姉弟のように育ったフォースが、巫女であり、恋人でもあるリディアちゃんを連れて戻ったこともあって、神殿は賑やかで穏やかな時が流れている。大所帯になったため、台所で夕食の片付けを手伝わされたあと、私は居間兼食堂に戻ろうと廊下を歩いていた。
 シャイア神の力で前線が遠ざかり、ヴァレスの街も落ち着いているため、勤めている治療院に怪我で運び込まれる兵士も少ない。たまには剣の練習をしていて刃のない剣で怪我をする兵士や、殴っただの殴られただの、騒ぎながらくる怪我人もいるわけだけれど。
「え? お、俺に?」
 神殿の居間兼食堂に差し掛かった時、フォースの大声が聞こえた。外へと続く扉のところに立っているのが見えてくる。
「ええ」
 フォースは呆気にとられた顔で、深紅のバラを抱えた女性を見ているようだ。
「でも、やっぱり駄目です……よね?」
 その言葉にフォースは少し考え込むと、その娘に苦笑を向け、頭を掻いた。
「あ、いや。いいですよ」
「え?! ほんとですか?! 嬉しい! じゃあこれ、受け取ってください」
 その女性は満面の笑みを浮かべ、手にしたバラの花束をフォースに差し出した。フォースはそのたくさんのバラをそっと受け取っている。深紅のバラのせいなのか、フォースが赤面しているようにも見える。
 扉を閉め、部屋に身体を向けたフォースと目が合った。
「あ、アリシア、……っ」
 フォースは私の名を呼び、あからさまに、マズい所を見られた、という顔をした。私はニッコリと笑顔を作る。
「何かしらね? それ」
「何って。バラも知らないのか」
「知ってるわよ!」
 サッサと通り過ぎようとするフォースの耳元に向かって大声を上げた。さすがに無視できなかったらしく、フォースは立ち止まって私に向き直る。私はため息を一つつき、フォースに顔を寄せた。
「そういうこと聞いたんじゃないってことくらい分かるでしょ?」
「分かんねぇよ。なんだよ」
 不機嫌な顔になったフォースに、私は人差し指を突きつける。
「今の娘、誰よっ」
「花屋の娘だろ」
「え」
 キッパリ言われ、そうえいばそうだったと思い出した。実際花屋で見た記憶もある。でも、問題はそこじゃない。
「どういう関係かって聞いてるの」
「花屋の娘を、どう言い換えろって言うんだよ。店員?」
 間を置かずに帰って来た答えに、思い切り冷たい笑みを浮かべて見せる。
「そうじゃなくて。あの娘に何を頼まれて何を喜ばせてるのかって話しなんだけど?」

11-2へ


midst目次 シリーズ目次 TOP