大切な人 parallel 1-3


「えっ? 知って……」
 言葉に詰まって口を隠した俺に、リディアは頬を膨らます。
「もう、嘘つき。ちゃんと言うこと聞いてくれなきゃ許さない。ウエイターさんが来た時、とっても恥ずかしかったんだから」
 マズったなと思ったその時、ウエイターがテーブルの横に立った。テーブルにコーヒーとミルクピッチャーが置かれるのを、リディアはじっとうつむいて待ち、おもむろに顔を上げる。
「紅茶のシフォンケーキとレアチーズケーキ、ローズとレモンバームのハーブティと、それからベリーのタルトもください」
 かしこまりました、とウエイターが去っていくのを呆然と見送ってからリディアを見ると、リディアはもう既に何事もなかったかのように微笑んでいる。むしろそれが怖い。
「まさかそれ、俺に全部食えとか言わないよな?」
「私だって食べたいもの、半分だけお願い。それにハーブティは私のよ。ローズとレモンバームのブレンドって美味しそうでしょう?」
 リディアが作ってくれる砂糖控え目なお菓子なら食べるが、こういう場所のは苦手だ。半分だけ食えばいいと分かってちょっとホッとする。そのくらいならコーヒーで流し込んでしまえば我慢して食えないこともないだろう。
「それからね」
「まだあるのか? 言うこと聞くのは一つだったんじゃ」
「嘘付いたお詫びは?」
 リディアの声は楽しげだが、その顔は笑っていない。
「すみません。なんなりと」
 頭で考えるより先に言葉が出た。いきなり下手に出た俺がおかしかったのか、リディアはクスクス笑うと、恥ずかしげに左手を差しだしてくる。
「いいって言うまで、しっかり両手で握っていて欲しいの。ケーキは私が食べさせてあげるわ。だから絶対に離しちゃイヤよ」
「なんだ、そんなこと……」
 そう言いながら、俺はリディアの手を握った。元々リディアに触れていたくてついた嘘なのだから願ったり適ったりだ。それにどうせここはカップルしかいない。手を握っているくらい珍しくも何ともないはず、……なのだが。なんだかイヤな予感が湧き上がってくる。
「……なぁ、コーヒーは?」
「ケーキの後ね。それとも、冷める前に飲んでおく?」
 もう2度とリディアに嘘はつくモノかと、俺は真剣に身にしみて思った。

☆おしまい☆


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