この地球の美しさといったら! 10


 ふとシュウは、宇宙船が飛び立つ時に噴出される熱のことを思い出した。ここにいたら結局宇宙船に焼かれてしまう。シュウは全力で駆けだした。
 これで間違いなくカビは身体に取り込まれてしまっただろう。身体でカビの株が増えていくことを想像すると気がおかしくなりそうだったが、今はそれよりも逃げなくてはいけないことが、シュウにとって救いにすら感じていた。
 もう大丈夫だろうかと振り返った時、宇宙船がうなりを上げ始めた。熱と音をいくらかでも防げればと岩の陰に隠れる。熱は思ったほどではなかったが、耳を塞いでも防ぎようがない程の轟音が地面を揺るがし、宇宙船が重たい身体を持ち上げて飛び立っていく。
 首を出せるほど音が収まった。岩陰から顔を出したシュウは、小さくなっていく宇宙船よりも、その後に残っている森まで浸食した丸い焼け跡を眺めていた。
 そして自分の中にも同じような焼け焦げがあることに気付いた。
 アダムは死んではいなかった。シュウが殺したはずの男もアンドロイドだったのだ。彼女が言ったように修理をすれば動くだろう。そして彼女と作業を永遠に続けるのかもしれない。
 アンドロイドなら実際殺したことにはならないと思うと、シュウは意味も無く安心した。だが、シュウが行動したプロセスは変わりない。自浄作用が働かないシュウの中では、その焼け焦げが永遠に残るのだ。だが、そんな焼け焦げが在るも無いも関係なく、地球はシュウの身体を受け入れてくれるだろう。

 あの100人が地上に降り立って100年経った頃、一体何人の人間が残っているだろうか。人間よりもカビを選んだ地球の自浄作用を、彼らはきっと甘く見ているに違いない。
 シュウが想像していたように、地球は美しかった。そう、地球自身が守り続けているこの自然こそが美しいのだ。シュウはその一部に帰っていける嬉しさと、母の胸に抱かれる時の嬉しさは同じような感じだろうかと、無意識に重ね合わせていた。
 だるくて思うように動かなくなった身体を、下葉のベッドに横たえる。木漏れ日がまぶたを柔らかく撫でていく。この地上で土に溶ける夢を見ながら、シュウは静かに目を閉じた。

―了―


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