この地球の美しさといったら! 09


 彼女はそう言いながらレンズを動かし続け、シュウを舐めるようになぞっている。地上に最初に降りる2体だから、アダムとイブという名前を付けられたのかもしれないと気付くと、何もかもに合点がいった。
「衣服に11株、頭髪に4株、口腔内に2株のカビが認められます」
 カビを体内に入れることは死を意味する。シュウは必死に唾液を吐き出そうとした。だが口を開けていたせいか、喉の奥までカラカラに乾いていて思うように吐き出せない。
「ど、どうしたら」
「地上の浄化はアダムの任務です。一度船に戻ってアダムの修理をする時間が必要です。住人に被害が及ぶといけないので、宇宙に戻っての作業になります」
 彼女はシュウに背を向け、宇宙船へと歩き出した。
「俺を置いていく気か」
 シュウは必死で後を追い、彼女の肩を掴んだ。彼女はゆっくり水平に振り返る。
「いえ、そのようなつもりはございません。カビを除去すれば搭乗していただけます」
「除去? どうやって?」
「ハッチのある部屋に設備が整えてあります。そちらで私と一緒に300℃の熱風を浴びていただきます」
 シュウは呆然としているはずの自分が、なぜか笑っていることを自覚した。カビは体内に入ってからおよそ一週間で死をもたらす。だが、そのカビを除去するには身体を燃やすしかないというのだ。シュウの命は、どっちにしても詰んでいる。
 地球が浄化したかったのはカビではなく、醜い気持ちを持った人間だったのかもしれない。それならば宇宙船で焼き尽くされるより、地球に浄化してもらいたいとシュウは思った。
「俺はここに残るよ」
「承知いたしました」
 即答した彼女は、廊下で会った時と寸分違わない礼をすると、シュウに背を向けてサッサと歩き出した。彼女の遠ざかっていく後ろ姿は、金色の髪が陽に映えて美しかった。昇降機が上昇し、彼女は300℃の熱風が吹き荒れる小部屋の中に消えた。

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