砂と水 1


 俺は陽が完全に落ちてから起き出した。日陰を作るために張っていた白いバスタオルをたたみ、その端を縛り付けていた棒を砂から抜く。顔をゆっくり上げると、無情にどこまでも続く砂地が目に入る。まわりは月明かりで幾分青っぽく見えた。
 大事にしている水を、水筒に口を付けて一口だけ身体に入れる。体中が取り合うように水の感触が広がっていき、俺は深呼吸をした。
 水が少し入った水筒と大判のバスタオル、拾った棒2本を抱えて歩き出す。荷物はそれだけだ。他はサッサと捨てた。充電切れの携帯も、カバンごと何もかもだ。それは生きてこの砂漠を出るために他ならない。
 砂を踏む音だけが耳に入ってくる。今日は風もないので、舞い上がる砂に邪魔をされずに済む。迷ってから四日、いや、五日経っただろうか。この砂漠はどこまで続いているのだろう。
 足元の砂は、波打つように高低があり、砂山を越えるのは酷く体力がいる。そのため俺は一つの星だけを目指して、砂山の裾を縫うように歩いた。距離は長くなるし、やはりいくらかの高低はあるのだが、体力を考えるとそれが一番良案な気がした。

 どのくらい進んだだろうか。いくつかの砂山を迂回した。そしてまた一つ、左前方に山を見ながら歩く。その山が一瞬透けて見えたような気がした。
 俺はもう一度、水を飲んだ。砂山を確かめるように見て、また足を進める。だが、もう顔を上げるだけの気力が出ず、足元だけを見ていた。水はもう微かしか残っていない。今夜のうちに街にたどり着けなかったら、もう駄目だろうか。幻覚が見えるくらいだ。終わりが近いのかもしれない。
 そう思うと、一気にいろいろなことが頭に浮かんできた。人間は助かりたいと思った時、こんな風にいろいろ思い出すモノらしい。そこから生きるための手がかりはないか、記憶のすべてを掘り返してみるのだ。だが、この状態で助かる道など、どう考えてもありそうになかった。ただ、残してきた恋人の笑顔が俺を支えていた。もうすぐ朝になる。炎天下の中、これ以上一日も昼は越せないかもしれない。
 ふと、地鳴りのような音が聞こえてきた。足元が揺れている気さえする。俺はゆっくりと顔を上げた。

2へ


短編掌編 TOP